約 1,541,044 件
https://w.atwiki.jp/bemanilyrics/pages/1730.html
夢の空、約束の場所 / Illusion Sonic Vocal Sherie Lyrics Irua Arranged Aiel Eltlinde Original Title 紅楼 ~ Eastern Dream... 止まったこの時間を、 変わったこの運命を、 壊れたこの感情を、 夜空の果てに飛ばせ 黒い空の下で そっと吹いた風 広い海を越えて、 ここで青い夢になろう 「なぜ届かないの?」って 叫びさえ消えて 止まったその時間も、 変わったその運命も、 壊れたその感情も、 夜空の果てに飛ばせ 赤色の空へ、 舞い上がる花へ、 終わらない夜へ、 想いよ、そっと届け 歌詞出典 SOUND VOLTEX ULTIMATE TRACKS - 東方紅魔郷REMIX -
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/35.html
挿話 デートの日 明らかな夏日というのは本当に暑いと思う。どうでもいいことだし、分かり切っていることだが、夏は暑い。暑すぎる ほどに暑い。日差しが強く射すのが暑い。汗がしたたり落ちるのが暑い。体を動かしても暑い。暑い、暑い、暑い、暑 い・・・・ 「・・・・イエローさん、大丈夫ですか?」 ハッ!としたイエローは、目の前で心配そうな顔をしているクリスを見て、ようやく今までボーっとしていた自分に気 づき、呆然とした。どうしよう。まさかここまで暑さに当てられていたとは・・・顔から汗の滴が落ちると、イエローはごく りとつばを飲み込み、そんな自分に戸惑っていた。 どこかで蝉が鳴いているのが聞こえ、ほかのクラブが練習している声も聞こえる。「ファイト!」という野球部のマネ ージャーの声が辺りに響き、ボールがバットに当たる音が響く。すると、今度は自分の持っていたモンスターボールが 落ちた。イエローは慌てて拾おうと身をかがめると、「ファイト」という声が再び運動場に響いた。ボールを拾い終え、再 びイエローは立ち上がり、クリスの方を向く。クリスの周りには、他の部員たちも何人か心配そうな顔でこちらを見て いた。拾ったボールは、野球ボールだった。 「みなさん、どうしました?」 イエローは不思議に思った。どうして、みんながこちらを見ているのだろうか? 「どうしました・・・は、こちらのセリフです、イエローさん」 「部長・・・・さっきから様子が変ですよ?」 女子部員と男子部員が交互に言うと、イエローはさらに不思議に思った。なんだろうか?何の様子が変なんだろう か?そういえば、クリスもなぜか心配そうな顔をしている。あれ?いつの間にクリスはここに来たのだろうか?先ほど まではいなかったのに。 「イエローさん・・・」 クリスが呟くと同時に、ピ~!という音が運動場に鳴り響いた。これはレッドの笛だ。どうやら、クラブはもう終わりら しい。これは練習の終わりの合図だった。 「先生が呼んでますね。いきましょう」 「え、あ・・・はい」 クリスが、心配の表情を崩さずに答える。イエローは不思議に思った。そういえば、どうして集まっていたのだろう か? 蝉の声だけがイエローの頭に響き渡ると、その考えも、暑さの中に溶けていった。 「イエロー、お前、疲れてるだろ」 「え?」 すべての練習が終わり、レッドの挨拶もすまされると、イエローはレッドに呼び出されていた。身体がほどよく疲れて いて、何がなくとも早く帰りたい気分だったが、レッドに話しかけられたらしょうがない。そう思って、レッドの話に耳を 傾けた矢先の事だった。 レッドに「疲れてるな?」と言われたのは? 「確かに疲れてますけど・・・」 確かに身体は疲れている。厳しい練習と暑さによって、身体はすでにどろどろだ。 しかし、結局それは毎日感じてきたことだった。クラブの練習は毎日あるし、これを3年間続けてきた。今更、レッド に言われるようなことでもないと思うが・・・ それをレッドに言うと、すぐに返答が返ってきた。 「いや、違う。身体だけじゃなくて、気持ちとかであって・・・」 「気持ち?」 イエローは首を傾げた。クラブにやる気がないということだろうか? レッドは続けて言った。 「そう、気持ちだ。もちろん、イエローがクラブにやる気があるっていうのは分かってるし、お前はサボりたいとも思って ないだろうな。だけど、そういう所とは別次元で、疲れてるんだ」 「そうですか?」 「ああ・・・今日も、クラブはやる気満々だったけど、内容はいつもより変だった。練習内容を忘れたり、ボーッとしてい たり、指示を間違ったり・・・・」 そんなことをしたのだろうか?・・・・まったく覚えていなかった。 「空回りしてるんだろうな。やる気はあるけど、それに身体と気持ちがついていってない・・・一度、思い切って休んだ らどうだ?」 「・・・それはできませんよ。合宿であんまり練習できなかったのは、私のせいですし・・・その分、がんばらないと」 「だけどなあ・・イエロー」 「大丈夫です!じゃ、さよなら!」 イエローはレッドの制止も振り切って、更衣室へと走っていった。休む事なんてできない。もっとがんばらないといけ ないのだ。 イエローは、そう思っていた。 着替えを終え、荷物を持って外に出ると、外はさらに暑くなっていた。午後2時を回って、1日でも一番暑い時間にな っている。イエローは汗が額から落ちてくるのを感じ、それを腕でぬぐった。相変わらずの暑さだった。夏は暑いという が、ここまで暑いのも珍しいだろう。 麦わら帽子を被り直し、イエローは歩き始めた。ここから数十分の帰り道。暑く短い旅になりそうだった。 「イエロー」 突然、声をかけられて振り返ると、そこにはジェルブが立っていた。いつものYシャツと長ズボンを着て、リュックサッ クを背負っていた。帰るつもりなのだろう。 「一緒に帰るか?」 「はい、いいですよ」 ジェルブとはよく一緒に帰っていた。クラスもクラブも同じなので、帰る時間が一緒になることが多く、自然とそうなっ ていたのだ。別に一緒に帰るのが嫌ではないし、ジェルブと話していると楽しい。たまにゴールド達と一緒に大勢で 帰る時も楽しいが、それとはまた違った種類で楽しいのだ。 ただ、今回は少し違っていた。ジェルブはちゃんと色々と喋ってくれたが、その表情やら言葉の調子やらが違うの だ。今日のクラブでゴールドがまたヘマをしただとか、レッドが間違った指示をしていただとか、そんな内容のものば かりだったが、それでも微妙に違っていた。何か・・・こちらに遠慮しているような気がしたのだ。 「なあ、イエロー・・・・」 イエローはゴクリと喉をならした。帰り始めから様子のおかしかったジェルブだが、いったい何の話をするのか・・・ ジェルブは真摯な瞳をかざし、口を開いた。 「俺と・・・デートしないか?」 「はい?」 大方の予想とまったく違っていたジェルブの言葉に、イエローは思わず変な声をあげてしまった。デート?ジェルブ と?何で?というか、どうしてまた・・ イエローが混乱した頭を抱えながら、ジェルブの顔を改めて見たとき、その彼の顔は満開の笑みに変わっていた。 「明日の朝から行くぞ?分かったか?」 「え、いや、あの・・・」 いつの間にか進んでいる話に、イエローは戸惑った。ジェルブはこんなに強情だっただろうか?いつもはもっと、こち らの話を聞いてくれたのに・・・ ジェルブは、一方的に喋り終えると、踵を返して背を向けた。 「じゃ、また明日な」 「え?ちょ、ちょっと、ジェルさん!」 ジェルブはそのまま走り出した。いつも一緒に帰る道とはまるっきり反対の方向に、長い髪を揺らして。 そして、結局ジェルブは姿を消した。 「・・・・・・・」 1人残されたイエローは、照り返しが続く地面の上で呆然と立ち尽くし、ジェルブが去っていった方向を見て、独り言 のように呟いた。 「・・・いったい・・・・なんなんですか・・・」 蝉の声が頭の中で響いているのを、また感じた。 いつものように1日が過ぎ、翌日の朝となった。ジェルブの不可解な誘いに困惑しながらも、イエローはいつも通り にクラブへ行く準備をしていた。 レッドの忠告ももっともだとは思っている。あきらかに自分の身体はいつもより調子が悪いし、精神的にも何か疲れ ている。 しかし、ここで休むわけにはいかなかった。合宿でトラブルを起こして練習ができなくさせたのは、他ならぬ自分だ。 ここでまた、部長である自分が休んだら、再び迷惑をかけてしまう。それだけは嫌だし、耐えられなかった。 イエローはジャージに着替えて、必要な荷物を持ち、玄関へと向かった。朝は時間がないため、さきにジャージに着 替えておき、そのままクラブに行くのだ。 途中、ジェルブの誘いのことが頭に浮かんだが、今は遊びに行っている暇はないのだ。ここは申し訳ないが、すっ ぽかしてしまおう。 イエローは玄関で運動靴を履くと、勢いよく玄関のドアを開けた。 「おはよう、イエロー」 「!」 扉を開けた途端、目に飛び込んできたのは・・・・満面の笑顔を浮かべたジェルブだった。 「ジェ、ジェルさん!どうしてここに!」 「あれ?昨日、『朝から行く』って言ってただろ?」 「・・・・迎えに来るとは言ってないはずです」 「そうだったか?まあ、いいだろ。あんまり気にするな」 肩をすくめて微笑んでいるジェルブを見て、イエローは、はめられた、と感じた。迎えに来るとは言わずに、こちらを 油断させたのだ。 ジェルブがこんな強硬手段を執ってくるなんて・・・本当に変で、珍しいことだった。 「にしても、デートにジャージで行くのはちょっとなあ・・・・イエロー、家の中で着替えてこいよ」 「わ、私は行きませんよ!」 「ん?それとも子供みたいに着替えさせてほしいのか?」 明るい笑顔でとんでもないことを言うジェルブに恐怖を感じ、イエローは家の中へと急いで戻り、玄関を閉めた。息を つき、どうしようもなくドアにもたれかかると、心を落ち着かせようと努力してみるが、あんなジェルブを見るのは初めて で、動揺してしまう。 「早く着替えろよ~。なるべく可愛くな~」 ジェルブのそんな声が聞こえると、イエローは大きくため息をついた。 蝉の声が、微かに響いていた。 結局、どこにいても、どんな意見を通しても、ジェルブに遊びに連れて行かされるのだろう、とイエローは思った。ジェ ルブは、1つの意見を出すと、強情なまでにそれを押し通す性格をしている。相手がたとえ先生でも、大先輩でも、そ れは変わらなかった。一度、レッドが提案した練習法を、ジェルブは好ましく思わなかったらしく、反対した。しかしレッ ドも譲らず、結局対立してしまって、みんなが練習している横でジェルブだけ別の練習になった、ということも、かつて あった。 その時は、仲介者である自分が2人の仲を取り持って、なんとかなったが・・・・ 今回は違う。自分とジェルブの仲を取り持つ仲介者がいないのだ。そのため、結局はジェルブの強引な誘いに負け てしまい、今のようにタマムシデパートの屋上で心地よい風を感じている。自分が負けてしまったから、町の全景が 見渡せるこの場所で一緒にアイスクリームを食べてベンチに座り、その景色を眺め、クラブや学校の事なんかを話し、 その後に缶ジュースを飲んで屋上を一回りして、時々ゲームセンターに寄り、有料の望遠鏡をのぞき込んで周りに景 色を眺めると、最後にエレベーターに乗って一番下まで行くという、なんだか普通のデートのような事をしているのだ。 「イエロー、どうした?」 「いえ・・・何でもないです」 エレベーターに乗っている間、ずっと喋らなかったせいか、一番下の階に着くと、ジェルブが不思議そうに尋ねてき た。しかし、自分が『いったい私は何をしているのだろう?』と、思った事を言えるはずもなく、イエローは戸惑いながら 話をはぐらかした。ジェルブは「そっか」と答えて、再び歩き始めた。 前を先々歩いていくジェルブを追いかけつつ、その後ろ姿を見たイエローは、相変わらずジェルブは黒が好きな人だ な、と思った。Tシャツこそ白の無地だったが、下のGパンと上のオーバーシャツは真っ黒だ。さすがに半袖だが、この 夏に黒い服を着るのは本当に暑そうだ。 しかし、ジェルブはそんなことを微塵も感じさせなかった。汗1つかかず、すました顔をしている。白いシャツとスカー トをはいている自分でも暑いのに、いったいジェルブは・・・ イエローは何か理不尽な物を感じていた。 「おっ、イエロー、あそこに行こう」 「え?」 ジェルブが指さしたのは、映画館だった。タマムシの商店街の中にある、こじんまりとした映画館で、その看板には 現在上映中の映画が2本、宣伝されていた。『アリエス』と『灰色の翼』という映画の2つのようだった。 「どっちが見たい?」 「え、私は・・・・」 イエローは2つの映画の看板を眺め、それらを知っているかを確かめてみる。2つとも、よくCMで流れているもの で、なんとなく、ストーリーも知っている。『アリエス』はホームドラマ形式で、兄弟、姉妹のつながりを描いた作品だ。 『灰色の翼』はアクション映画で、ある工作員の一週間を描いたもの。史上最大のCG技術を使っていると、前評判も 高い。 しかし、イエローはアクション映画よりも、もっとほのぼのした映画の方が好きだった。どうも、動きの激しいものは疲 れるし、動きに見とれてストーリーがよく分からなくなる危険もある。 「私は・・・・『アリエス』の方がいいです」 「そっか。じゃあ、そっちだな」 ジェルブは何の反対もせず、『アリエス』の入り口へと向かっていった。ジェルブの性格から考えれば、アクション映 画の方が好みだろうに、彼はこちらに合わせてくれたのだ。 ただ、それは本当に『デート』としての考えであり、いつものジェルブの考え方とは少し違っていた。いつもは、ある 程度反対して、少し話し合った後に引くか押すかを決めるのが、ジェルブという人間だと思っていたが、今のジェルブ は反対などまったくせず、相手の言い分だけを完全に受け入れている。まるで別人のように。 「・・・・・」 なんとなく、ジェルブという人間がよく分からなくなり、イエローは映画館の前で立ちつくした。今日のジェルブは、本 当のデートをしているということか・・・・ 「イエロー?早くこいよ」 「あ、はい」 イエローは映画館の中に入っていった。 『アリエス』は1時間30分ほどの映画だ。ある家の兄弟と、その隣に住む姉妹の物語だ。感動的な結末と、その経 歴が評判らしい。 ストーリーは、結構複雑だ。高校3年の兄と姉、高校1年の弟と妹がいて、それぞれ自分の兄(姉)・弟(妹)をもの すごく嫌っていた。つまり、兄弟仲と姉妹仲が悪かったのだ。 その代わり、兄と妹、姉と弟の中は、すさまじくよかった。本当に血のつながった兄弟(姉妹)よりも仲がよく、その 状況に各自の親が悩んでいたほどだ。人から見れば、それはまるで恋人同士のようだった。 しかし、ある日事態は急変する。弟と妹が『アリエス』というゲームをしてしまったせいで、弟は姉を、妹は兄を、本 当の血のつながった兄(姉)と思うようになってしまったのだ。『アリエス』の中にあった特殊な映像表現のために、深 い深層意識に影響を受けてしまい、催眠術のような現象が生まれてしまったのだ。 この現象は全国的に広がり、『アリエス』は即刻販売中止。制作会社は多大な賠償金を背負うようになった。 しかし、そんなことも関係なく、兄弟と姉妹の物語は続く。結局、弟と妹を入れ替えて生活するようになった両方の 家。兄と姉は、最初こそ楽しみ、うれしく思っていたが、徐々に違和感を感じ始め、戸惑うようになる。しかし、弟と妹 はそんなことも知らず、自分の兄・姉を慕い続ける。 そうして、歯車は狂い始め、いつわりの物語は結末へと続けていく・・・ 「『アリエス』・・・なんであんなゲームのせいで、俺たちはこんな思いをしなくちゃいけないんだ?」 「知らないわよ・・・・ねえ、あの子、ちゃんとしてる?」 「そっちこそ・・・あいつはどうなんだ?」 映画スクリーンの中の「兄と姉」の会話を聞き、イエローは少し身体を動かし、いすに座り直した。 今、映画はクライマックスにさしかかっている。兄と姉がなんとかして弟、妹を元に戻そうと、再び『アリエス』のゲー ムのスイッチを押したのだ。 「これが・・・・『アリエス』」 「なんて・・・ゲームなの」 スピーカーからの声と共に、イエローは少し首を動かし、横に座るジェルブに目を向けた。 ジェルブは映画に魅入っていた。真剣な顔をして、スクリーンに目を釘付けにしている。スクリーンからの光で、ジェ ルブの顔が淡く見え、イエローはそれに見入ってしまった。 ジェルブとイエローは、よく似ている。 それは、人からよく言われることだった。違うのは髪と瞳の色だけで、後は瓜二つ。違いが見つからないらしい。 本当かどうかは、自分でもよく分からない。自分と同じ顔と言われても、自分の顔自体、イメージしろと言われてで きるものではないのだ。鏡で自分の顔を見て、すぐにジェルブの顔を見れば、『あ~ちょっと似てるかな』と思うもの の、人から騒がれるほどではない。あえて言うなら、『そっくりさん』程度だ。 「『アリエス』のシステムが・・・」 「くそ!こういうことか!」 イエローは一度スクリーンに目を戻した。兄と姉が『アリエス』のゲームをし続けて、驚きの表情をしていた。 イエローは、目をつむり、考える。 こんなところで何をしているのだろう、と。 クラブをサボり、ジェルブに連れられてデートをし、映画館に入って映画を見る。なんだか変だ。おかしい。本当なら、 今頃クラブに汗を流しているはずだ。映画館で座っているのでなく、運動場で走り回っているはずだ。 ただ、さらにおかしいのは、こうやって映画を見ていることを、心の底では楽しんでいる自分がいることであり、イエ ローはそのせいでさらに混乱していた。 「・・・・・」 イエローはゆっくりとスクリーンに目を向けた。 映画はすでに、スタッフロールに入っていた。 「うん、なかなかおもしろかったな」 「・・・そうですね」 映画館から出てきたイエローは、前を歩くジェルブの後に続いて、タマムシの商店街を歩いていた。様々な店が建 ち並ぶこの道は、主婦やら子供、さらには大人の男までと、様々な人が行き交っていた。中には、白い制服を着た、 自分と同じ歳ぐらいの子も見られる。 「そういや、この近くに四天王学園があったっけ?」 「そういえば・・・・ワタルさんが通っている学校でしたね」 「ああ、そうだな」 白い学生服は、ワタルの通っている学校のものだろう。今は夏なので半袖のカッターシャツだが、ズボンの方も、や はり白い。普通なら黒いズボンだろうに、四天王学園はすべての学生服を真っ白にしているのだ。 「目がチカチカする服だよな・・・」 ジェルブが呟くと、目の前を四天王学園の生徒らしい男女が通り抜けていった。テレビが展示してある電気屋の前 を、ゆっくりと歩いていく。仲がいいのか、手をつないで楽しそうにしていた。 「・・・」 「・・・」 ジェルブとイエローの間に少しの沈黙が流れると、ごく自然にジェルブの手がイエローのそれと重なった。 「ジェルさん・・・」 イエローは、いきなり手をつないできたジェルブを不思議に思い、名前を呼んだ。 ジェルブは微笑みながら、答えた。 「デートだからな」 短く言うと、ジェルブは手を少し強く握り、再び歩き始めた。「嫌だったら離してもいいからな」小さく呟いた。 「いえ・・・いいですよ」 なんとなく離す気にもなれない。いや、むしろ、手をつないでいる事をに安心感を覚える。 イエローはつないだ手を横目で見ながら、ジェルブについていった。 しばらくの間、商店街を歩き、服やアクセサリー、もしくはブルーがやってきそうな怪しい店を見て回った後、騒がし い場所を離れて、郊外の大きな公園に落ち着いた。ジェルブ曰く「ちょっとした穴場」らしい。地元の人ぐらいしか知ら ない、本当にひっそりとした公園。いや、むしろ広場と言っていいここは、確かに人が少なく、静かだった。 「静かな方が、落ち着くだろ」 ジェルブが近くの自動販売機から買ってきたお茶缶2つを持ち、ベンチに座った。イエローはまだ、立っていた。 「疲れたか?」 「いえ、大丈夫です」 「まあ、休養なんだから、疲れたら駄目か」 ハハハ、と笑って言ったジェルブは、お茶缶のフタを開いて、一口飲んだ。イエローも、ジェルブにもらったもう1つの 缶を取り、お茶を飲んだ。 「映画、面白かったか?」 「はい」 「本当に?」 「はい」 「・・・イエロー、嘘つきだからなあ」 「・・・どうしてですか」 「冗談だよ」と続けたジェルブは、再び缶を傾けて、水分を口に含んだ。今は夏。こうやってここにいるだけでも、汗が 流れる。 「・・・・・兄弟って、いいもんだな」 「姉妹も十分いいですけどね」 冗談めかして言うジェルブに、同じく冗談めかして言ったイエローは、ベンチに座るジェルブを見下ろした。自分より 背が高いジェルブが、視線の下にいるのは、なんだか不思議な気分だった。 「イエローって、姉さんか妹がいたっけ?」 「いえ、今のは一般論ですよ」 「ふ~ん」 「ジェルさんはどうなんですか? 「俺?」ジェルブは自分を指さして言った。「ん~、いることはいるよ」 「へえ~・・・」 初めて聞いた話だった。今までジェルブの家族については「両親が外国にいる」としか聞いた事がない。兄弟、姉 妹がいるなんて、初耳だ。 「姉さんが1人と、妹が1人いる」 「一緒に住んでるんですか?」 「いや」 ジェルブは首を振った。 「姉さんは放浪癖があって、どこにいるか分からないし・・・妹は、両親と一緒にいるか、どっかで暮らしてるか、ってと こだろ」 なんだか複雑な事情でもあるのだろうか。全員が別々に住んでいるなんて・・・だが、その割に明るい表情で話すジ ェルブに、深刻なことがあるとは思えなかった。 「ま、生きてたらまた会えるって」 やっぱり変な人だ、とイエローは思った。 真昼の暑さもすでになくなり、熱しきっていたアスファルトと地面が徐々に冷えていくと、すでに太陽は夕日に変わっ ていた。 近くの家から何か、食べ物の匂いがすると、いつもホッとする。家にいるような安心感と食欲を誘う暖かな匂いが、 そうさせるのだろう。いつもは、クラブ帰りに感じていたことだった。 今日はちょっと違う。隣にいるのはジェルブだが、服装も疲労感も気分も雰囲気も・・・すべてが違う。一緒なのは、 ジェルブだけだ。 「大丈夫か?」 「はい」 「本当に?」 「はい」 「疲れてないか?」 「はい」 「足、痛くないか?」 「はい」 「そっか」 最後の最後まで相手の事を気にかけていた、ジェルブは、結局イエローの家の前までやってくると、踵を返して背を 向けた。 「じゃ、また明日な」 「はい・・・ジェルさん」 イエローは自然とジェルブに声をかけた。 「ん?」 「ありがとうございました」 「・・・・ああ、もう無理するなよ?」 「はい」 「じゃな」 ジェルブはそのまま目の前から消えていった。 イエローは踵を返して、家のドアに手をかけた。 しかし、ふと身体が少し軽くなっているのを感じ、微笑んだ。 ジェルさんのおかげ。イエローはそう思った。 蝉の声はすでに気にならないほど小さく、頭の中に響いていた。 「さあ、次はランニングです!行きますよ!」 「は、は~い・・・・」 イエローの元気のいい声の後に、部員達の力の無い声が続いた。その2つの声は、まったくの対照的だ。イエロー の元気の良さに比べ、部員達はバテバテ。日々の練習のつらさが効いているのかもしれない。 「それとも・・・・昨日、なんかあったんだろうな」 レッドは運動場の端っこで呟き、運動場を走り回るイエローに目線を合わせた。イエローは先頭を切って、早いペー スで足を動かしている。その速さには、スタミナに自信があるゴールドうシルバー以上で、普段のイエローからは考え られない姿だった。 その原因はやはり、昨日休んだことにあったのだろう。予想通り、イエローは疲れていたのだ。合宿の事を、自分に 責任があると思いこんで、あそこまでがんばれば当たり前だろうが・・・ しかし、 「ほら!あと3週ですよ!」 10周ぐらい走っているのに、あの元気・・・・どこか変なところがあるような・・・ 「いったい、何があったんだ・・・?」 レッドは、イエローの元気の良さっぷりに、?マークを浮かべていたのだった。
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/25.html
第14話 本当に暑い日 「暑い~」 「ゴールドさん・・・・確かに暑いですけど・・・・・暑いって言うと、もっと暑くなりますよ」 「そうは言ってもよ~・・あ~暑い~」 午後からの部活。 それも運動部系。 そんなクラブにつきものである夏休みの練習の中で、1番の天敵はやはり暑さだ。 汗を流し、一生懸命練習する姿は、外から見ればさぞかし『青春!』と思えるものなのだろう。しかし、練習している 当人達にとっては、これが青春だなんて思いもしない。いや、それ以前に『こんなに暑いのに、何で俺は(私は)こんな ことしてるんだろう・・』と、疑問さえも浮かべてしまう。 ゴールドもまた、その1人のようだった。運動場の端っこに座り込み、頭にタオルを乗せ、なんとかこの暑さをしのごう としている。 だが、そんな努力も空しく、彼の身体には無数の汗が流れていた。 「暑い~なんでこんなに暑いのに部活が~」 周りに響くような声で言うゴールド。それを聞いた他のメンバーは、ゴールドをうっとうしそうな目で見ていた。『暑い』と 言われなくても暑いのは分かっているし、練習をやるのはクラブなんだからしょうがない。それをいちいち口にされる と、いらいらで余計に暑くなってくるのだ。 そんな周りの雰囲気を気にせず、ゴールドはまだ「暑い、暑い」と言い続けている。 と、今までゴールドに注意だけをしていたイエローが、急に目の色を変えた。 「・・・・・ゴールドさん・・・次から『あつい』という単語を言ったら、1回ごとに100円です」 「な!なんで!」 「あなたが暑いと言ったら、私たちも暑くなってきます。分かりましたか?これは部長命令です」 イエローが、普段は絶対言わないようなことをゴールドに言っている。 これもまた、暑さのせいでおかしくなったのか・・・ 2人の様子を見ていた部員達は、密かにそう思っていたのだった。 現在の気温 37℃ 湿度は70% この付近特有のじめじめとした暑さは、今年も健在だった。 職員室・・ 外の暑さとは対照的に、職員室はクーラーがきいているため、かなり涼しかった。冷たい空気がその機械から際限な く出されていき、それが部屋の中を涼めていく。汗など絶対にかかないような環境だった。 そんな天国を作り出すクーラーだが、これは教室にはついていなかった。教員達が過ごす職員室と、校長室、そして コンピュータ教室のみにつけられているのだ。 これは本当に理不尽なこと。 めずらしく、職員室にやって来たレッドは、クーラーの冷気に触れるとそう思った。教室につけてこそ、本当にクーラー の意味があると思うのだが・・・ そう思いながら職員室に入ると、レッドは物凄く綺麗な(使っていないとも言う)自分の机に向かった。そして備え付け の回転する椅子に座ると、となりで英語のテストの採点をしているブルーが声を掛けてきる。 「あら?レッド、めずらしいわね。職員室に来るなんて」 そう言うと、ブルーは自主的に職員室に入るなんて奇跡だわ、と呟いた。 確かにレッドは職員室にはほとんど来ない。だいたいはポケバト部の部室で仕事をしている。 しかし、今日は違った。 部室・・・・そこはあまりにも暑すぎたのだ。 あの暑さを思えば、職員室にいる方がまだマシだった。職員室が苦手な自分の身体だが、脱水症状になるよりはい い。あの部室にいることは、普通の人間じゃ無理だ。 「部室は暑いんだよ・・・・たくっ、なんで教室とかにもつけないかな、クーラー」 「しょうがないでしょ。そんなに予算は無いんだから」 「予算ねえ~・・・・・この暑さじゃ、あいつらもしんどいだろうな・・・」 レッドはそう言うと、外で汗にまみれて練習をしているであろう、ポケバト部の部員達のことを思い浮かべた。 今後の部活の予定では、あと数日後には合宿、その次には公式試合が入っていた。どれも、この夏だけにあるイベ ントだ。 そのため、部員の練習に熱が入るのも仕方の無い事だろう。特にレギュラー陣がそうだ。 彼は、もう3年生。今年で卒業。そして皆がそれぞれの道を進む事になる。今年が最後の夏だ。冬になれば、皆クラ ブを引退している事だろう。 そう考えれば、彼らの練習は白熱しているはずだ。 しかし、こう毎日が暑いと体力、気力、共に減ってきているだろう。暑さは無為に体力を奪っていく。 なんとか、彼らにできる事はないだろうか・・・ レッドはそう考えながら、立ち上がり、窓から運動場を眺めた。ここは2階なので、外のほとんどを見ることが出来た。 運動場の隅で、イエローに何かを言われて、慌てているゴールドが目に入った。何やら小さい袋――財布だろうか? ――から、何かを出している。それも悲しそうな顔で。 また、ゴールドは何かやったのだろうか? そこから注目を外して他を見てみると、ほとんどの部員は各自、色々な練習をしていた。レギュラー陣は、それぞれで 練習試合をしている。今は、シルバーとアカネが戦っていた。 今のレギュラーは、部長のイエロー、副部長のクリス、そして、ゴールド、シルバー、アカネ、ジェルブの6人だ。 この中でも、ジェルブは1番の成長株だった。遅い入部だったが、入った当初から実力をどんどんと伸ばしている。今 は、もしかしたらイエローと同じくらいの実力をもっているかもしれない。 いや、それとも、ここに入部してくる前から、彼はバトルの力を持っていたのかもしれなかった。 入部前、たったひと言の助言をしただけで、ゴールドをイエローに勝たせたという出来事もある。もちろん、助言だけで イエローに勝てたとは思ってはいない。が、やはりジェルブの言葉がゴールドを後押ししたのは間違いなかった。 そう考えても、ジェルブの実力は計り知れない。 そんなジェルブは、運動場の中央付近で炎系ポケモンと一緒にトレーニングをしている。彼の顔には、暑さというもの が感じられない。温度が35度を越えているのに少し変に感じたが、まあ、暑さに慣れていると思われた。 しかし、誰も彼もがジェルブと一緒ではない。 ジェルブを除けば、ほとんどの部員が、太陽からの光に顔をしかめ、土から上がってくる蒸し暑さに汗を流す。 これが毎日続いているのだから、彼らにとってはたまったもんじゃないだろう。 どうにかこの暑さを半減できないものか・・・・ そう思って考え込んでいると職員室にまた1人、教師が入ってきた。どうやら、水泳部顧問のカスミのようだ。部活が 終わってひと段落を付いているのだろう。ショートカットの髪の毛が、少し濡れていた。 ピン! ――そうだ!―― カスミを見た途端、頭に物凄いスピードでひらめきが起こった。人生で1度、あるかないかのひらめきだ。 しかし、それと同時に可能だろうか?とも思った。 今思いついた事は、おそらく確実にグリーンに怒られるだろう。 しかし、なんとかしてでも部員達に英気を養わせてやりたい。 考える前に、もう身体が動いていた。 「カスミ!」 レッドは、カスミに向かって声をあげた。 運動場・・ 「あ~・・・・・・・・・・・・・」 ゴールドが訳の分からない声をあげる。空を見上げながら、タオルで顔を拭きながら、ペットボトルを傾けながら、今感 じている気持ちを言おうと思って。 それはたった3文字の言葉。 その言葉を言おうとしたゴールドだったが・・・・・・何かの視線――いや、殺気と言ったほうがいいかもしれない――を 感じて、咄嗟に振り返った。 そして、それは的中したのだ。 「どうしたました?ゴールドさん?」 後ろにいたのは・・・・・恐いぐらいの笑顔を浮かべて、手に箱を持っているイエローだった。花が咲くほどの笑顔を浮 かべながら、まるで、ゴールドの言葉を待っているかのように、彼女は立っていた。 いや、絶対に待っていたのだ。次に言おうとした言葉を。 そう思った瞬間、ゴールドは力なく口を開く。 「・・・・・・部長・・・・言いませんよ、もう」 「・・・・それなら良いんです」 笑顔を浮かべたままのイエローは、少ない言葉をだけを残し、また練習に戻っていった。ゴールドの目には、彼女の 周りに変なオーラが立ち込めているのが見えた。 そして、次にゴールドは自分の財布を見る。 「はあ~・・・・・こりゃ、当分、無駄遣いは出来そうにないぜ・・・・」 そこには、100円玉が1枚も入ってなかったのだった。 一方のイエローもまた、溜息をついていた。 ――ふう・・・・駄目だなあ、私。ゴールドさんにあたったりして―― イエローは日陰でひと息ついているところだった。今は休憩時間。タオルで、少しばかり汗を拭き、冷たくなっている はずのお茶を飲む。だが、家から氷を入れてきても、少しぬるかった。 周りにも、お茶を飲んでいる人や、汗を拭いている人などがいるが、そのどれもこれもが、疲れた顔をしていた。 そしてイエローもそれは同じだった。 周りの人と同じ様に、どうも今日はいつもの調子が出ない。 特に、先ほど「暑いと言ったら100円」とゴールドに言った自分は、この暑さで頭がおかしくなってしまったのだろう か?と、思わずにいられなかった。あのセリフを言った時、心の中で『何言ってるの?自分?』と思ってもいた。 とにかく、頭がぼーっとする。 木陰で休み、温度を下げた頭で考えると、それはもっと顕著に思われていた ――・・後、2時間か・・・―― クラブが終わるまで、後2時間と少し。 このままでは倒れてしまいそうだ。 そう思いつつも、日頃のくせからか、口からは次の練習の指示を出そうとしていた。 と、その時。 「お~い!イエロー、ちょっと待ってくれ!」 この声は、振り向かなくても分かる。 毎日、聞きたくてしょうがない声。 後ろから聞こえているのは、明らかにレッドのものだ。 そう当たりをつけ、声がした方を振り返ってみると、予想通り、レッドが走りながらこちらに向かってきていた。 「どうしたんですか?」 「はあ、はあ・・・いや、ち、ちょっとな」 走ってきたせいか、レッドは手を膝につけ、肩で息をしていた。とても辛そうに見える。 しかし時間が経つと共にちょっとは回復したのか、すぐに身体を起こし、すぐさま部員のみんなを集め始めた。 何をするのだろうか? 普段は練習の指示はあまり出さないレッドを見ながら、そう思い、イエローはみんなの集まりの中に入っていった。 「よし!みんな集まったな。今日は、今からな・・・・・・」 真剣な顔をして話しているレッドを見て、部員のほとんどは、ごく!と喉を鳴らした。 「今からな・・・・・・プールに入るぞ!!」 「「「・・・・・・はい?」」」 イエローを含む、ここに集まっている全ての人間が、一斉に口を開いて言った。 何故にプール?という、疑問をそれぞれの頭に浮かべながら。 「・・・なんだよ。嬉しくないのか?水着は持ってるだろ?」 皆の、なぜ?という表情にまるで気付かず、レッドは同意を求めるような声を出した。 確かに、今日の午前中は、各学年で水泳の授業があったので、部員のほとんどは水着を持っている。よって、プール に入る事も不可能ではない。 この暑さの中、冷たい水に頭から浸かるというのは、さぞかし気持ちのいいことなのだろう。 しかし、 そんなことをして大丈夫なのだろうか? 「あの・・・・・先生。プールって勝手に使っていいんですか?」 女子部員の1人が、おそるおそる、疑問の1つをレッドに投げかけた。周りは、うんうん、という風に、うなずいている。 レッドはそれを聞くと、「あ、それ?」と、納得の表情を浮かべた。どうやら、本当にみんなのなぜ?というような思いに 気付いていなかったらしい。 レッドは笑いながら答えた。 「そりゃ大丈夫だ。水泳部顧問のカスミ先生に承諾とったし、一応、校長にも話つけてるから」 それを聞くと、徐々に周りはざわめきはじめた。本当に大丈夫か?練習は?とかなんとかいう声が、そこかしこであ がっている。 部員達は最初、突然のレッドの言葉に、困惑し、動揺していた。が、だんだんとこの暑さの中での『プール』というもの の魅力に取り付かれていった。 と、ここで、1番前にいたゴールドが急に手を上げた。 「はいはいはい!」 「なんだ?ゴールド」 「プールに入ったら、何してもいいんスよね!?」 「ああ、もちろん。今回は、遊びだ」 !! これがきっかけだった。 普段は、プールに入ってもほとんどの時間は授業に使われ、ただ25メートル泳ぐ事を何回も繰り返すだけなのだが、 今回は違う。 プールに入ったら、何をしてもいいのだ。 この言葉がきっかけで、もう、部員達のプールへのボルテージは上がりに上がりきっていった。 「うおっしゃ~」「気持ちいいだろうな~」「行くぜ!」「ああ~どうしよう、私水着もって来てない!」 「「「「「プールだ!!!」」」」」 そんな声が聞こえてくると、 今ちょうど、水着を持っていたものは、すぐさま更衣室に向かい、 教室に水着を置いているものは、すぐさま校舎の中に走っていき、 運悪く、家に水着を置いてきたものは、体操服のままで入ろうかと、真剣に考えていたり、 入る気がないものは、ゆっくりと帰り支度を始めていたり。(もちろん、シルバー) 人の波は途切れることなく、全て、プールに向かっていった。(一部を除いて) プール・・ この学校のプールは、やけに広い。 通常、学校のプールというのは、横15メートル縦25メートルがほとんどだ。これくらいの大きさがちょうどよく、1クラス が授業に使っても大丈夫、というぐらいだ。 しかし、ここは違う。 この学校のプールは、横35メートル縦50メートルという、何かの試合に使っているのか?思わずにいられないほど、 尋常じゃなく広い。 それは50人を越えるポケバト部の部員8割が入ったとしても、変わらないほどだった。 「ひゃっはー!!」「こっちこっち!」 この広さのプールの中で、自由に遊びまわれるというのは本当に楽しい。しかも、よくある公共のプールなんかより、 よっぽど水は綺麗だし、1人1人の使える広さも全然違う。 「よっしゃー!今から50メートルの競争すっぞ!!」 ゴールドが、プールサイドでそんなことを言っていた。 「また・・・・」「ゴールドさんも好きですねえ」 水に入って、ぷかぷかと浮かんでいたクリスとイエローが、呆れながら、今にも飛び込み台からスタートしそうなゴー ルドを見ていた。 なぜ呆れているかというと、ゴールドが「競争する」という言葉を使ったのは、これを含めて5回目だからだ。何度も何 度も、競争ばかり行っている。 「次は負けねえからな!シルバー!」「・・・・・・どうでもいい」 そして、全ての競争において、ゴールドは2位だった。1位は、無理やり参加させれたシルバーで、嫌々やっているわ りには、泳ぐのはかなり速かった。 「ほら!来い!シルバー!」「・・・・はあ・・」 渋々といった様子で、シルバーはゴールドの誘いに乗っていった。 もともと、プールなど入らずにそのまま帰ろうとしていたシルバーだったが、それは、ゴールド(他レッドなど、多数)によ って妨害され、そのまま水に入る事になってしまっていた。ある意味可哀相な人物だと言えるだろう。 ――・・ご愁傷様―― イエローはシルバーに向かって手を合わせていた。 「お~い、イエロー!」 「あ、レッド先生」 しばらくの間、ゴールド達の競争を見ておこうと思っていたら、プールの入り口の方から声をかけられた。 イエローはすぐにその声の主――レッドに、プールの中を歩いて近づいていった。レッドは、プールに面するプールサ イドに立っていた。 「なんですか?」 「後30分ぐらいで、みんな上がるようにしてくれよ。そろそろ、グリーンが来そうなんだ」 「はあ・・・・・やっぱり、グリーン先生には言ってなかったんですね」 「当たり前だ!」 そう言って、レッドは胸を張って答えた。悪気も何も感じていないようだ。 確かに、グリーンに『プールに入ろう』なんて事を言えば、確実に『駄目だ』の一言で片付けられてしまうだろう。彼に はそういう融通さが少し足りないし、『はめをはずす』という言葉さえも知らないように思えたからだ。 イエローはそう思い、少し苦笑した。 レッドはまだ話を続けている。 「だってよう、あいつに、『プールに入ってもいいか?』って聞いたら、絶対『駄目だ』って言うに・・・・・・・」 話している途中、何気なくイエローの後ろの方を見ていたレッドの姿が固まってしまった。ある1点を見たまま、まった く動こうとしない。 その視線の先を、イエローは見てみた。 すると、 「・・・・・レッド、何をやっている?」 「は、はは、グリーン、は、早かったな」 「グリーン先生・・」 そこには、グリーンが思いっきり不機嫌そうな顔で立っていたので。まるで鬼・・・いや、鬼以上のオーラを身にまとい ながら、グリーンは、先ほどレッドがいったように眉間にシワを寄せていた。 一方のレッドはレッドで、めちゃくちゃに動揺してしまい、一瞬プールに落ちそうになっていたりして、イエローはそれを 見て、「わわ!レッド先生!」と驚きの声をあげる。 なんとか飛び込み台に捕まり、落下を回避できたレッドは、引きつった笑いを浮かべながらグリーンに話し掛ける。 「あ、あのさあ、グリーン」 「まったく・・・・・運動場にいないと思ったら、こんなところで遊んでいたのか・・・・レッド」 「な、なんだ?」 「・・・・・お前は、」「あ~グリーン先生!!」 話している途中、いきなり横から女子の声が割り込んできた。驚いて、声がした所を見てみると、そこには5人ほどの 女子が、なにやら目を輝かせてグリーンを見ている。 イエローにはこの女子たちに見覚えがあった。確か、グリーンのファンクラブの会員だったはずだ。一度入会しないか 誘われたので、よく覚えている。断ると、「あなたにはグリーン先生の素晴らしさが分からないのよ!」と文句を言いな がら去って行ったが・・・ 「グリーン先生、来てたんなら言ってくださいよ~」 「そうですよ~、ね!グリーン先生!一緒にプールに入りましょう!」 「一緒に入りましょう!」 「い、いや、俺は・・」 口々にプールに誘う言葉を言われ、グリーンはかなりたじろいでいた。 グリーンは、この手の女子はかなり苦手らしく、いつもは何かと事情をつけて逃げようとしている姿があった。 しかし、今回はプールという逃げ場の無い場所のせいか、それとも女子達の気迫が凄かったのか、逃げる暇も無く、 グリーンは私服のままで、数人の女子達によってプールに押されていった。 「おい!やめろ!」 グリーンが叫ぶが、それはまったく効果をなさず、反対にその声に反応した男子達が、面白そうだ、と、一斉に彼に 近寄ってきて、女子達を手伝っている。 「やめろ!こら!・・・・!」 グリーンの身体が一瞬空中に浮き・・・・・・そのまま、ザブーン!という音を立ててプールに落ちていった・・・ 「あ~あ・・」 レッドが呟いた。まるで、「ここからどうなっても知らねえぞ」とでも言っているようにイエローは聞こえた。 そう、これはただことでは済まない。絶対に何かが起きる。 そう思いながら、イエローはグリーンが沈んだであろう場所を見つめる。 少しだけ沈んで、すぐに浮かんできたグリーンが見えた。 「・・・・・・」 グリーンは水面に顔を出すと、しばらくは、そのまま呆然としていた。 服を着たまま水に入れられたグリーン。今、彼の頭の中には何があるのか・・・怒りか、それとも呆れか・・・・どちらに しても「噴火5秒前」だと思ったイエローは、人知れずプールから上がり、緊急避難を試みていた。 「・・・・・・」 やはり、まったく動きを見せないグリーン。だが、段々と顔に青筋が立ち始め、握りこぶしを水中で作っている。 まずい。 そう思ったイエローは、プールサイドの隅へと隠れる。 そして、グリーンが大きく息を吸い・・・・吐き出した。 「お前ら~!!」 グリーンがプールから出てきて、驚くべきスピードで水道がある場所に向かっていく グリーンが何をするか、だいたいの予想をつけたイエローは、さらにプールの隅のほうへと歩いていって、身を隠す。 そして、自分と同じ様に避難している人物がもう1人いた。レッドだ。彼もまた、今からグリーンが何をするか予想がつ いたのだろう、攻撃範囲外へと逃れるため、グリーンからは距離を大きくとっていた。 グリーンが、水道に備え付けられているホースを手に取って、蛇口を限界まで回していた。 バアアアア!!! ホースから勢いよく出てきた水は、生徒達を一斉に襲っていった。 その水圧は、身体に当たるとかなり痛い。女子は口々に「きゃ~!!」と叫び、男子は「うわあ~!!」と言いなが ら、逃げ惑う。 リミッターが外れたようにホースの水をばらまくグリーンに、唯一対抗していたのは、ゴールドだった。 ビート板で水の直撃を防ぎ、もう1つ備え付けられているホースの方に向かっていって、それを手に取る。そして、グリ ーンと同じ様に限界まで蛇口を回した。 だがその後は・・・・もう何がなんだか分からなかった。 ゴールドがホースの水をグリーンに向けていたのは少しの間だけで、彼はいつの間にか生徒に向かってそれを放出 していた。その水の直撃を食らったシルバーとジェルブは、ビート板をゴールドに向かって投げる。それがアカネや、 他の生徒に当たると、もう、プールサイド、果てはプールの中まで混戦状態になってしまった。 そこかしこで、「喰らえ~!!」とか、「きゃあ~!」とか、「やったな~!!」とか、「ゴールド止めなさい!」とかの声 が聞こえていた。 それを安全地帯で眺めていたイエローは、楽しいクラブだなと思いながら、顔に笑みを浮かべていた。 「イエロー」 急に呼びかけられ横を向いてみると、いつの間にかレッドが隣に立っていた。半ズボンにパーカーといういでたちのレ ッドは、近くで見るといつもと違っているように見えた。 イエローは、笑みを浮かべながら「はい?」と答えた。 「今日・・・楽しいか?」 「?・・・・ええ、もちろんです」 「そりゃ、良かった」 そこまで話し合うと、2人共、ぐちゃぐちゃな混戦になっているプールをほのぼのとした表情で、いつまでも観戦してい るのだった。 イエローの日記・・ 8月11日 月曜日 快晴 今日も暑いな~って思ってたけど、午後は全然違った。 レッド先生が、特別に学校のプールを使わせてくれたんだ! それが本当に使ってよかったのかよく分からないんだけど、ホントに楽しかった。あんなに楽しい思いをしたのは、久 しぶりのことだ。 最初はみんな普通に遊んでたんだけど、グリーン先生が来てからは、すごいことになっちゃった。 ビート板はところせましと吹っ飛んでたし、ホースの水は、そこまで使って水道代は大丈夫だろうか?と思っちゃうほ ど飛び散っていたし。 少しの間、プールは戦争状態になってしまった。 だけど、それからが本当に大変だった。その『戦争』のせいで、プールから上がる時刻が、予定より1時間も過ぎちゃ ったし、それからグリーン先生の説教に1時間、プールの後片付けで1時間・・・・・・そしてその後は・・・思い出したく も無いから、書かないで置こうっと。 結局、家にたどり着いたのは夜の10時になっちゃったんだよねえ あ~、疲れたけど楽しかったな~ もうすぐ合宿だけど、今日のプールのお陰で、だるさは一気に吹き飛んだ。合宿でもなんでも来い!って感じになって きた。 もしかして、レッド先生がみんなをプールに入れた理由ってこれだったりして。 それじゃ、疲れを取るためにそろそろ寝ましょう! 明日もいいことがありますように。
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/18.html
第10話 球技大会 体育館・・ 「あ~今日は球技大会という、生徒や教師達にとって、友好を深める日になることは違いないわけで―――」 6月20日の金曜日。 梅雨の時期にさしかかり、気温もそろそろ上がり始めてきた今日この頃、イエローを含めた学園の生徒全員が、体育 館に集まっていた。 ちゃんと整列して並んでいる生徒達の前で、オーキド博士がとてつもなく長い挨拶をしている。周りの生徒たちは嫌そ うな顔をしてその話を聞いており、ところどころであくびをしている者もいた。 イエローもまた、顔をうつむかせて、時々あくびをしている1人だった。 今日は球技大会。 この学園では、年に2回の球技大会がある。 1回目が6月、2回目が11月にあり、生徒たちがいろいろな球技で競い合う、というのがイベントの中身だ。時間はな んと1日中。授業全部を潰してしまうという試みだった。 今回の種目はバレーボールだ。 生徒全員にアンケートを取り、多数決によって決まった種目だったが、イエローにはかなり嫌な競技だった。バレーボ ールは背の高さがものを言う競技。背が低いイエローにとっては酷というものだった。 3年B組の列の中、イエローはこれから始まるバレーに対して、深い溜息をついた。 ――あ~あ、何でバレーボール・・・・・レッド先生はバレーとかバスケの方が得意って言ってたけどなあ・・・・なんで かは知らないけど―― そう思いながら、なぜレッドが、バレーの方がいいと言ったのだろう?と疑問に思った。これは生徒だけの競技のはず なのだが・・・・ それに対して最初は、「レッド先生もやりたかったんだろう」という理由をつけたものの、やはり何かひっかかる所があ った。レッドの言葉には、何かある。 「それでは、次にレッド先生によるルールの説明です」 イエローが色々考えを巡らしていると、いつのまにか博士の挨拶が終わっていて、進行係の女生徒の口からレッドの 名が出てきた。 すぐに顔を上げて前を向くと、レッドが体育館の舞台に出てくるのを見えた。 レッドがマイクを手にして、生徒全員を見渡す。 「あ~、それじゃルールを説明するぞ。1チームは6人。これは前々から決まっているから大丈夫だな。試合のルール だけど、これはほとんど普通のバレーボールと同じなんだ。授業でやってるから分かるよな?」 手抜きに近い説明をしているレッド。授業でやっているからなどは、ルール説明ではないような気がする。 イエローがそう感じていると、今まで気だるそうに説明していたレッドが、急に真面目な顔になった。 「じゃ、ここからが本題だ。 試合はトーナメント制。もうチームリーダーがくじを引いて、何試合目かは決まっているはずだから、あとで確認しとけ よ。 そして、試合が始まって、勝ち負けが決まって、最後にはは優勝者が決まるわけだ。だけど、ここで例年とは違うこと をする事になった。今回の球技大会で優勝したチームは、俺たち教師チームと対戦してもらうんだ」 聞いた事もない突然のレッドの言葉に、館内は一斉にざわつき始めた。 教師のチームと戦う? こんなことは、生徒会長のイエローも聞いていなかった。 レッドの話は続く。 「教師のチームは後で紹介する。そうして教師チームと優勝チームが対戦して、勝敗が付くな。この対戦で教師チー ムに勝ったところには・・・・なんと、豪華賞品プレゼント、だ!」 豪華賞品という単語によって、今まで球技大会にあまりやる気を出さなかった一部の生徒達が、一気にテンションを 上げていった。中には、「うお~!」とか言っている人もいた。 レッドはそれらを見て、少し苦笑いを浮かべる。 「いきなりやる気が出たなあ・・・・ま、いいけど。それと、もし教師チームに負けた場合だけど・・・・この場合、ちょっと した『罰ゲーム』が待っている。 もちろん、教師チームが負けた場合も、教師達がこの『罰ゲーム』を受けるから」 レッドの説明を聞き、生徒の大半は顔に?マークを浮かべた。優勝したのに、何故罰ゲームを受けなくちゃならな い?という疑問だ。 その疑問にレッドが気付き、答える。 「みんな疑問に思ってるようだけど、教師チームとの対戦は、やるかやらないかを選べるから。そのまま終わりたかっ たら、そうしてくれ」 生徒たちはそれを聞き、ほっとする。 「それじゃ、『罰ゲーム』の紹介でもしようか。罰ゲームは・・・・」 館内全員が、ゴクっと喉を鳴らした。罰ゲームを受けるかどうかは分からないものの、やはり気になるものだ。 レッドは、近くにいた教師から、何か黒い液体が入ったコップを持って来た。それを、生徒の前に掲げる。 「罰ゲームは、ブルー先生特製の『ツカレトレール』を飲んでもらう、ってやつだ。効能は・・・・・言わないほうがいいよ な」 生徒たち全員が、凄く嫌そうな顔をした。この学園の生徒なら、1度はブルーの薬を飲んだ事はあるので、その効能 の凄さを知っている。 さらに、イエローにはあの薬の名前に聞き覚えがあった。 確かあれは、この前ジェルブに学校案内をしていた時に見た、化学実験室でブルーが作っていたもの。 ――・・・・実験体が見つからなかったんだろうなあ・・―― イエローはそう思いながら、コップの中身を遠目で見ていた。 「ま、死にはしないと思うから・・・・・・だけど、豪華賞品の方は『罰ゲーム』とつり合いが取れる・・・いや、それ以上の ものだからな。今は言えないけど」 生徒の列のどこかから「豪華賞品ってなんだ~!」という声が聞こえてきたが、レッドはそれを無視した。 「じゃ・・・・今から球技大会を始めるぞ!第1コートで第1試合。第2コートで第2試合をしてくれ!」 レッドが高らかに宣言し、ついに今年度の球技大会が始まった。 「よっしゃ~やるぜ!豪華賞品!」 「ゴールド、少しは落ち着きなさい。私たちの試合はまだまだ先よ・・・・・・まったく、さっきは『うぉ~!』とか叫ん で・・・・恥ずかしかったわよ」 「だって豪華賞品だぜ?ぜってぇ~取ってやるからな~」 体育館の端っこに、物凄くテンションが高くなっているゴールドと、それを叱るクリスがいた。豪華賞品という単語はゴ ールドにとっては起爆剤にも等しいらしく、元々やる気満々だった彼は、今となっては止められないほどになってい る。 それを見ながら、イエローはクリスに尋ねた。 「あの『うぉ~』ってゴールドさんだったんですか?」 「そうなんです・・・・・『豪華賞品ってなんだ~!』というのも同じです・・」 クリスが溜息をついている横で、ゴールドがバレーボールを使って、壁打ち練習をしていたりする。 それを見ていると、今度は横から聞こえてきた声が耳に入った。 「それにしても、豪華賞品ってなんなんだろうな?」 「さあ?レッド先生は教えてくれへんかったし。だけど、楽しみやなあ~」 この声はジェルブとアカネ。 昨日、正式にポケバト部に入ったジェルブは、あっという間に皆と仲良くなっていった。生来の明るさと、ゴールドに助 言までできるポケモンバトルのセンスによって、すぐにポケバト部に馴染んでいったのだ。 昨日の部活で1度ジェルブと対戦したイエローは、本当にすんでの所で引き分けに終わっている。趣味がポケモンバ トルというのは、伊達じゃないようだった。 ジェルブとアカネの呑気な会話を聞いたイエローは、今度はシルバーの方を見てみた。 「・・・・・・」 シルバーは相変わらずしゃべらないで、腕を組みつつ、じっと立っている。時々、うっとうしそうにゴールドの方を見て いたが、何も喋る事はなかった。 ゴールド、クリス、シルバー、アカネ、ジェルブにイエロー。 これがイエローのチームだった。 1組6人。これがルールなのだが、この6人というのは誰と組んでもいいという、かなりアバウトなものなのだ。 別のクラスにいる人と組んでもいいし、スポーツが得意なメンバーばかりでチームを組んでもいい。さらに言うなら仲 良しグループで組んでもいい。 それに加えて自由参加、ときているのだから、本当に学校行事なのか?と疑いたくなる。 この自由参加のせいで、毎回、この球技大会の参加者は少なかった。 だが、今回は豪華賞品のせいで例年を上回る参加人数となっているのだが・・。 「それにしても、今回は多いよなあ~」 「そりゃ、やっぱり豪華賞品のせいよ」 ゴールドとクリスが、体育館いっぱいの人を見て、しみじみと話していた。 「・・・・・・・ふう」 「イエローどうした?溜息なんて・・・・・・それになんか顔色悪いけど?」 ジェルブがイエローの頭を弱く叩きながら聞いてきた。 それに対して、イエローは最初、ビクッ!となったものの、すぐに気を落ち着かせて「大丈夫です」と答えた。 「そうか・・・・・?」 ジェルブが疑うような目で見てきたが、「本当に大丈夫ですから」と言うと、渋々といった様子で引き下がってくれる。 そうやって話していると、どうやら自分達の前の試合が終わったらしく、審判から「次の試合のチームの方はコートに 入ってください」と指示が入ってきた。 それを聞いたチームのメンバーは、続々とコートの中に入っていく。 「ふふ、豪華賞品、豪華賞品♪」 「お前はバカか・・・・」 凄く嬉しそうな顔をしながら試合場に向かうゴールド。 それを見て、シルバーは聞こえよがしにそう呟いていた。ゴールドはそれに気付いていなかったが。 「それじゃ、行こうかしら」 「ああ!絶対勝つで~」 クリスとアカネもそれに続く。2人共、結構やる気充分だ。 みんなが行くのを見て、ジェルブは、こちらを気にしながらもその団体に入っていく。 そして、皆に続いて、イエローも行こうとした。 だが・・・身体を動かそうとすると、手足に鈍痛が走った。身体全体が思うように動かない。やはり、身体が重い。足な どの調子が最悪のようだ。 ――やっぱり、練習のしすぎかな・・・?―― 先ほどジェルブが言っていたことは、完璧に当たっていた。今、かなり気分が悪いのだ。 近頃、部活の練習が終わった後、近くの公園で自主トレをしていた。それも部活での練習量の約2倍で、それが終わ って家に帰ると、いつも倒れるように眠ってしまっている。 そんなトレーニングを行っている理由は、前に行ったトーナメントで、ゴールドに負けたから。 あの時に負けたのは、ジェルブの助言のせいではなく、やはり自分の練習不足だと痛感していた。特にスタミナがな いことが敗因だろう。 だから、普通の2倍はある自主トレをしているが・・・それを1週間ほど続けたためか、全身が疲れきってしまってい る。さらに加えて、昨日の自主トレはいつもより余計にメニューを増やしてしまった。 そして、この球技大会だ。 試合前に準備体操を行ったが、それをやることさえ身体に大きな負担がかかっていた。おそらく、普通なら今日1日 休んでいる方がいいような状態だ。 しかし、 ――・・・だけど、頑張らなくちゃね―― 試合を棄権するわけにはいかない。 今ここで出場を辞退すると、他のみんなにも迷惑がかかってしまう。 それだけは避けなくてはいけないのだ。 ――よし!行こう!―― そう思いながら、イエローは重い体を動かして、コートに向かっていった。 第1試合・・ 「行くぜ~!必殺!ゴールド・スペシャル・ミラクル・ジャンピングサーブ!」 これは、ゴールドがサーブをする時に叫んでいる言葉。 かなり変で、物凄く長い名前のサーブだったが、威力はかなりのものだった。早いスピードでネットを越えたボール は、一気に急降下し、地面に勢いよく落ちる。 このボールをまったく取れず、相手チームはこのサーブのせいで点を入れられっぱなしだった。 「どりゃ!」 そして、またゴールドのサーブで1点が入った。 「っしゃ~!」 「ねえ、ゴールド。サーブの度にいちいち変な名前を叫ばないでよ」 「うるせえ。叫ばねえとこのサーブは出来ねんだ」 なんでだろうか? ゴールドとクリスが争っている姿を見ながら、イエローはそう思った イエローのチームは強かった。 なんと言っても、ポケバト部のレギュラー全員がいっしょのチームなのだ。生徒の中でも、優勝候補の1つとして挙げ られているほどだった。 その前評判に負けないくらいに、このチームは強い。 それを示すように、最後のゴールドのサーブが決まり、審判から試合終了の笛が吹かれた。 「ゲームセット。イエローチームの勝利です」 チーム名は、試合前に全員一致でイエローチームになっていた。イエローは嫌がったものの、疲れのせいで反論する 気力も出ず、結局このチーム名になってしまった・・ 「よし、これで2回戦だ。やったな、イエロー」 ジェルブが横で嬉しそうに言うと、イエローは「ええ、そうですね」と答えた。その声は、やはり弱々しいものになってし まい、ジェルブが再び不思議そうな顔で見てきた。 しまった!と思ったイエローは、すぐに「い、いえ!そうですね!」と空元気を出して言い直し、すぐにジェルブから離 れていった。 まだ気付かれてはいけない。全部の試合が終わるまで持ちこたえないと・・・・ イエローはそう思いつつも、すでに限界近くまでにきている身体を、ひしひしと痛感していた。 2回戦、3回戦、4回戦、準々決勝、準決勝。 すべてを圧倒的な強さで勝ち進み、イエロー達は現在、決勝戦を行っていた。 そして・・・・・最後のジェルブのサービスが決まった。 「ゲームセット!イエローチームの勝利!」 ついにイエロー達は決勝を勝利していた。 「すげえ~!」「さすがね~」「やっぱりあそこは強えよ。」 そこかしこから驚きの声と共に、イエローのチームを賞賛する声が出てきていた。 ただ一部に・・ 「うお~!イエロー!!」「Y!E!L!L!O!W!イエロー!」 なんだか、熱狂的な(男子の)イエローファンが応援しているが・・・ 「イエローさん・・・すごいですね・・・」 「はあ・・」 クリスがそれを見て、感嘆の息と共にそんな言葉を吐いたが、イエローはもう疲れすぎていて、あまりちゃんと返答で きていなかった。 決勝戦が終わると、司会者と思われる男が前に出てきて、進行役をやりはじめた。 「それでは!これよりイエローチームに教師チームと戦って貰うか選んで貰いましょう!ではイエローチームの方々、 どうしますか!?」 イエローは、もちろんこれで終わらせるつもりだった。何回もジャンプをしたり、走ったりして、体はふらふらになってし まい、頭は真っ白になりつつあったからだ。 だから、「これで終わります」と言おうとしたのだが・・ 「やるに決まってるだろうが!」「当たり前やろ!」 豪華賞品に目がくらんでいるゴールドとアカネが、イエローの考えとは反対のことを大声で叫んだ。 それを聞いた司会者が、「どうやら試合をするようです!」と言ってしまった。 イエローはとっさに、「やらない!」と叫んだが、それは周りの歓声で聞こえなくなってしまい、結局試合を始める事に なったようだった・・・・ ――ああ~・・・・・もう疲れたのに・・・―― もう溜息しかつけなくなってしまった。 一方、司会者は教師チームの紹介に移っていた。 「それでは!教師チームの方々のご紹介です!まず最初に、レッド先生!」 司会者の言葉と周りの歓声と共に、コートに姿を現したのはジャージ姿のレッドだった。その姿はやる気満々といった 様子で、やはり「バレーの方がいい」という言葉は、試合に出る事を意味していたようだ。 司会者は続ける。 「次に、グリーン先生!ブルー先生!」 続いてコートの中に入ったのは、同じくジャージ姿のグリーンとブルー。ブルーは楽しそうに歩いていたが、グリーンは あまりやる気がなさそうにコートの中に入っていった。 「そして、カスミ先生!タケシ先生!」 並んでコートに入った2人は、結構この状況を楽しんでいる様子だ。周りに手を振りながらコートの中に入っていく。 「最後に・・・・・ナナミ先生!」 最後のメンバーを紹介されると、周りの歓声が疑問の声に変わり始めていた。 イエローも疑問に思った。保険医のナナミがバレーボール?出来るのだろうか?と。 だが、そんな観衆のざわめきを背に、ナナミはゆっくりとコートの中に入っていった。グリーンと何かを話している。 微妙に、だが、その会話がイエローの耳に届いた。 「お姉ちゃん・・・本当に大丈夫なのか?」 「ええ、大丈夫よ。これでも学生時代はバレーボール部に入ってたんだから」 それを聞いたグリーンは、驚いた表情で「お姉ちゃんは家庭部のはずだったろ・・・」と呟いた。ナナミが高校時代に家 庭科部というのは、イエローも聞いた話だ。おそらく、ナナミは冗談で言っているのだろう。 メンバー紹介を終えると、司会者はマイクを持ち直し、今度はイエロー達の方を向いた。 「では、これよりイエローチームと教師チームとで試合をしていただきましょう!イエローチームの方はコートに入って 下さい!」 どうやら、本当にレッド達と対戦する事になるようだった。 「なあ、イエロー、大丈夫か?」 ジェルブが、再び容態を聞いてきた。その顔は心配を通り越して、今すぐ休め、という種の表情がありありだった。 だが、イエローは変わらず「大丈夫」と答えるだけにしておいた。皆がやる気になっているのに、自分だけがやめるわ けにはいかない。身体が辛くなってきているものの、今は我慢だ。 「今回は休んどけ」 「大丈夫ですよ。それに私が抜ければ、不戦敗になっちゃいます」 ジェルブの心配する言葉にもするりと返しておき、イエローは準備体操を始める。ちゃんと動けるよう、身体をほぐして おかないといけない。 自分の強情さに諦めてしまったのか、ジェルブは「しょうがないな・・・・」と呟いた。 「・・・・もしやばくなったら、すぐに言えよ?」 「はい」 ジェルブの心配の言葉が嬉しいイエローは、笑顔でそう答えた。 身体は、限界を超えていた。 コートの中・・ 試合が始まる直前、ゴールドとクリスが、ネット越しにブルーと会話しているのが見えた。 「ブルー先生・・・・もしかして、この前のゴールドとシルバーのは・・・・」 「ほほ♪その通りよ。今日、ここで勝つため♪」 「やっぱりか!ブルー先生、汚いっスよ!」 「フフ・・勝てばいいのよ、勝てば」 彼らの話は、おそらくこの前の薬事件のことをいっているのだろう。無理矢理ブルーに薬を飲まされたゴールドとシル バーが、疲労困憊の状態となってしまったあの事件。 彼らの話から察するに、ブルーがあんなことをしたのは今日この試合で勝つためらしい・・・・彼女も、豪華賞品に目が くらんでいる1人なのだろう。 ブルーと話し終えたゴールドは、悔しそうな様子でボールを持って、サービスエリアに立っていった。 そして教師チームに向かって叫んだ。 「この恨みはここで晴らすっスよ!」 高らかに宣言したゴールドは、すぐにサーブの体勢に入った。 また、あの長ったらしい名前のサーブを打つつもりだ。 審判から「試合開始!」の合図が放たれた。 「いくぜ!」 ゴールドはボールを高くトスし、少し走ってジャンプする。 「必殺!ゴールド・スペシャル・ミラクル・ジャンピングサーブ!」 ゴールドはジャンプしながら思いっきり叫び、ボールを強く叩く。 物凄いスピードで進んでいくボールは、ネットの上を越えると急に急降下し、地面に落ちていった。 だが、 「甘い、甘い♪」 レッドが簡単にレシーブしてしまった。 「な!?俺のサーブが!」 ゴールドは驚きの表情が隠せない。 当たり前だろう。このサーブは、今まで1回も取られた事がなかったのだ。 それを簡単に取るレッド・・・・さすがポケバト部の顧問、とでも言うべきだった。 「こりゃ、きつくなりそうやな」 アカネは目でボールを追いながら呟いた。 彼女の言葉どおり、この試合は混戦を極めていった。 試合開始から30分後・・ 今、イエローの横でボールが勢いよく落ちた。バシッ!という音と共に、地面に落ちたボールが転がっていく。 そのボールは、グリーンから放たれたアタックだった。 しかし、イエローにはそれが認識できなかった。頭が白くなっていて、周りに何があるかも分からない。 「イエロー?」 どこからか声が聞こえた。 誰の声だろう、と思った瞬間、イエローはハッ!として意識を覚醒させた。 横にいたのは、怪訝そうな顔でいるシルバー。 「あ・・・・・・す、すみません。次は取りますから」 イエローはそう言って、ボールを拾って端っこの方にどけておいた。シルバーは、少し不思議そうな顔をしていたもの の、そのまま元の場所へと戻っていく。 イエローはそれを横目で見ながら、まずいかも、と思った。 疲労が積もっている。 これまでの疲労が積もっているものの、いちばんの問題はこの試合にあった。 教師チームとの試合は、今まで以上の混戦となっているのだ。 ゴールドのサーブは簡単に取られてしまったが、やはりイエローのチームは総合的に強い。・ だが、教師チームもまた、予想以上に強かったのだ。 レッド、グリーン、タケシは言うまでもなく、ブルー、カスミ、それどころか、あのナナミまでも、普通の教師とは思えな い動きをしている。 特にナナミは、元バレー部というのは嘘ではなかったらしく、教師チームが取ってきた点の3分の1はナナミによって のものだ。 そうして、試合はほぼ互角のまま進んでいった。 しかし、それはイエローにとってかなりきついことだった。 ――もう・・・限界・・―― そう思った、その時。 「イエロー!行ったぞ!」 とっさに聞こえたジェルブの声に反応し、イエローは上を仰いだ。そこにはボールが勢いよく向かってきているのが見 えた。 だが、そのボールはラインぎりぎりに落ちるであろう軌道。コートに入るか入らないか。予想はできなかった。取るに はジャンプして飛びつくしかない。 考える前に体が反応していた。 イエローは横にジャンプする。 ――届いて・・・!―― 片手を出してボールに飛びつき、手にボールが当たった感じがした。 だが、そこで急に頭が真っ白のなってゆく。視界が暗くなっていき、身体全体が床に倒れていくのを感じたものの、そ こから動く事ができない。 そして、数秒後には意識が無くなった。 ジェルブ・・ 「イエロー!」 イエローに反応が無い。ボールに向かって飛びつき、そのまま倒れている。起き上がる気配がまったく無かった。 ジェルブはイエローに走って近寄りながら、思った。やはり止めさせればよかった、と。 イエローの身体の状態はかなり悪そうに見えた。顔色、歩き方、喋り方にまでその状態がにじみ出ている。 なぜ、止めさせなかったのか・・・・・ ジェルブは後悔しながら、イエローの体を抱き起こした。 そして・・・・・首筋に手を当てた。 ――意識が無いが、脈拍、呼吸ともに正常・・・・いや、呼吸が速いな・・・・―― イエローの体の状態を確かめる。 が、ジェルブはそこで気が付いた。 普通の人なら、絶対にしないであろうことを自分がしているのに。 絶望感に打ちひしがれそうになったジェルブは、しかしそんなことをしている暇はない、と頭を振り、敵コートの方を向 いた。 「ナナミ先生!イエローを保健室へ!」 「え、ええ!」 イエローを抱きかかえたジェルブは、驚いて言葉も出ていない観衆を押しのけて、ナナミと共に保健室に向かっていっ た。 後ろから、「イエロー!」というレッドの声が聞こえたが、ジェルブはそれを無視していた。 今は、イエローの容態だけが心配なのだ。 保健室・・ 「どうですか?」 「ええ・・・・・これは・・・疲労のたまりすぎだわ。どうすればここまで身体を苛められるのかしら・・・・・」 難しい顔をして、ナナミは言った。 その言葉を頭で繰り返しながら、ジェルブは最近のイエローを思い出してみた。彼女が、倒れるほど疲労を溜めるよう なことしていたかどうか。 だが、そんなものは見た覚えがなかった。 ――いや、待てよ・・・―― ジェルブは再度考えてみた。もしかするとイエローは、部活が終わった後に何かをしていたのかもしれない、と。物凄 く疲れてしまうような何かを・・・ それはおそらく・・ ――トレーニング・・・・か―― ジェルブはそう当たりをつけて、イエローの顔を見た。 この前の部活で、ゴールドに負かされてしまったイエロー・・・それからの彼女はとても落ち込んでいた。 2、3日するといつものイエローに戻ったものの、それからはよくレッドに質問しているのが目に付いていた。 それから推測するに、彼女は家に帰った後、どこかで過酷なトレーニングをしていたのだろう。バレーをやっている途 中に倒れてしまうほど、疲労を溜めるようなトレーニングを・・・ ――まったく・・・・―― ジェルブはイエローの顔を見て、目を細めて密かに溜息をついた。 「ジェルブ君・・・だったかしら?」 そうすると、急にナナミが声を掛けてきた。 ジェルブは普段の表情に戻し、すぐにナナミの方を向く。 「なんですか?」 「私はこれから職員室にある薬をとってくるの。昨日買ったものだから、ここにはなくて・・・・それまでこの子を見てお いてくれる?」 「はい、分かりました」 「それじゃ、お願いね」 そう言って、慌てた様子でナナミは保健室から出て行った。 ナナミが出て行った後の保健室は、しんと静かになった。どうやら、この部屋にいるのはイエローと自分だけのよう だ。皆、球技大会の観戦に行っているのだろう。 静かな保健室の中、ジェルブはベッドの傍にある椅子に座った。 そして、イエローの顔をもう1度見る。 まだイエローの意識は戻っていない。呼吸はかなり速く、額に右手をつけてみると温度の高い熱が手に伝わってき た。どうやら、熱まで出てきているらしい。 だが何よりも、イエローの苦しそうな表情が彼女の状態の悪さを物語っていた。 ジェルブは、イエローの額につけていない方の手――左手の手の平を、上に向けてじっと眺めた。 ――・・・・・・・・・前も使ったから、やばいかもしれないけど・・・・・・・しょうがないか・・―― ジェルブは、額につけている右手の上に左手を乗せて目を瞑る。 しばらく目を瞑り続けていると、次第に淡い光が両手から出始めた。柔らかな光。透きとおるような青い色をしており、 まるで空が地上に落ちてきているようだった。 両手から出ているその光は、みるみるうちにイエローの身体を包んでいく。 光が完全に身体を包むと、今度はそれが彼女の身体の中に入っていった。同時に、病的なまでに早かったイエロー の呼吸が、段々と穏やかになっていく。表情までもが楽になっていっているようだった。 「くっ!・・・」 ジェルブは一瞬、苦しそうな声を上げた。だがすぐにそれを消し、再び目を瞑って両手に精神を集中させていった。 光は、まだイエローを覆い続けている。ジェルブの両手から生み出される青いそれは、次々に彼女の身体に入ってい った。 それが数分間続くと、次第に光が薄れてきた。一方のジェルブは、何かを我慢するように歯を食いしばっている。 そして・・・・・青い光は消えていった。 「くぅ!!はぁ、はぁ、はぁ・・」 光が完全に消えてイエローの額から両手を離すと、ジェルブは椅子に座り込んだ。肩を大きく上下させ、空気をより多 く吸い込もうと口を一杯に広げている。 「はぁ、はぁ、はぁ・・・」 段々と、息が楽になっていった。 ジェルブは胸に手を当てて息を整え、最後に大きく深呼吸をした。 「ふぅ・・・」 自分の額に溜まっている汗を拭い取り、ジェルブはイエローの方を見た。 イエローの顔には、もう先ほどまでの辛そうな表情はなく、おだやかな様子で眠っていた。 それを見て、ジェルブは「ふぅ・・」と息をついた。 ――なんとか・・・持ちこたえたか・・・―― イエロー、そして自分の身体までも、丹念に確認すると、ジェルブは全てがうまくいったことに安堵の息を吐いた。 よかった。壊れてない。 だが、次の瞬間に襲ってきたのはある種のむなしさだった。 思い出されるのは、体育館でイエローの身体の状態を確認してしまったこと。 普通なら、あんな風に身体チェックなんてしない。慌てふためくだけで、冷静な人物でさえ、ただ保健室に連れて行こ うとするだけだろう。 しかし、自分は違った。 ――あの時・・・俺は、つい癖が出てたな・・・・・・まったく、習慣ってのは嫌になってくる・・・―― そう考えて、深い溜息をつき、同時に視線を静かに寝息を立てているイエローに向けた。 ――・・・・・・しょうがない、か・・・・―― ジェルブは、淡々とイエローの顔を眺め続けていた。 イエローの日記・・ 6月20日 金曜日 つ、疲れた・・・・・・本当にもう、あの時、ちゃんとやらないっていえば良かったよ・・ 今日は球技大会だったけど、私は途中で倒れてしまった。 どうやらボールを取ろうとしたところで、意識がなくなったらしい。私はあまり覚えていないけど・・・ だけど、そこで助けてくれてのがまたまたジェルさん! 本当に優しい人だなあ・・・うん、親切でいい人! ただ、保健室で目が覚めた時、ナナミさんが凄く驚いた顔していたのが気になるけど。 まあ、私も起きた時に元気が溢れてたのは不思議だった。 ジェルさんにお礼を言おうとしたのに、どこにもいなかったし・・ そういえば、球技大会の豪華賞品って・・・・・・・・・オーキド博士の銅像だったんだよねえ・・・ それをレッド先生達も知らなかったらしくて、博士をこっぴどく叱っていた。(校長なのに) それで結局、試合の方はお流れ。レッド先生達のチームとは勝敗がつかなかった。ゴールドさんなんて、すごく残念 そうな顔をしてたし・・・・明日にでも謝らないといけないなあ・・・ まあ、元気出していきましょう! それじゃ、明日にジェルさんにお礼を言おうっと。 明日もいい事がありますように。
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/33.html
第21話 合宿 ~4日目―4~ 戦闘中 イエロー・・ キーン・・・・ 『さいみんじゅつ』の音が、森の中を覆い尽くしている。高く細い音がなり続けている中、レッドはやはり青い顔でただ 1点を見つめてまま立っており、その状況は時間が経過いくごとにさらに悪化していった。 ――いったい、『さいみんじゅつ』をかけているポケモンがどこに・・―― イエローは周りをくまなく探してみるが、木々が生い茂っている中で幽霊ポケモンを見つけることは極めて困難な作業 だった。幽霊ポケモンは、ある意味影のような存在だ。太陽が当たらない木の下にいると、その姿はまったく見えなく なってしまう。どれだけ探しても見つけることが出来ない。 しかし、早く見つけないとレッドの身体が持たないのも確かだ。あまりに『ゆめくい』で体力を削られていくと、最悪の 場合死ぬ事もありえる。 レッドが死んでしまう・・・ そんなことは、想像するも嫌だ。それだけは阻止しないといけない。 そのためには敵を見つけて『さいみんじゅつ』をやめさせないといけないが、その敵がどうしても見つけられない。 イエローは自分の無力さに腹が立ってきた。そして、それと同時になんだか例えようのない悲しみが身体中に襲って きた。 レッドが死んでしまうと考えたからか、それとも、自分が今まで培ってきた実力がまったく役に立っていないと感じた からか、イエローにはそれは定かではなかった。 悲しみはだんだんと身体を切り裂くようなものに変わり、次の瞬間イエローは、自分の頬に涙がこぼれ落ちているの に気が付いた。 イエローは慌ててその涙を服の袖で拭き取った。泣いている暇はない。どれだけ悲しくても早く敵を見つけないといけ ない。 しかし、涙は容赦なく瞳から溢れ出てくる。視界が涙でぼやけてきた。 ――なんでこんな時に・・・・!―― イエローは何度も目をこすり、敵を見つけようとするが、その思いとは裏腹に目からは涙の粒が流れ落ち、身体に力 が入らなくなってきた。 そして、ついにイエローは足の力が抜けてしまって、その場にしゃがみ込んでしまった。 ――どうして・・・・・早く立たないと!―― 精一杯、足に力を入れて立ち上がろうとするが、足は言う事を聞いてくれない。涙がいまだに落ち続け、手足に力が 入らなくなったのを感じたイエローは、もうどうしようも無いのかも、と思い始めていた。 レッドを救うには敵を見つけるしかないが、その敵がどこにいるのか分からない。自分の持ちポケでは、幽霊ポケモン を探し出せるような能力を持ったポケモンはいないし、自力で見つけることも不可能。 電話も掛けられないし、歩く事もままならいこの身体では助けを呼びに行く事もできない。 どうしようも無かった。 この状況を打破する術が、何も、ない。 ――だけど・・・・・・―― だが、それでもレッドだけは助けないといけない。 自分が好きでしょうがない人物を、目の前で見捨てる事なんてできるだろうか?いや、できるはずが無い。 彼はいつだって、自分を助けてくれた。 学校で、分からない問題について質問しに行った時でも、たとえ彼自身が解けない問題だったとしても、嫌な顔一つ せず時間をかけて一緒に考えてくれた。 部活の時は、生き生きと自分にポケモンの事を教えてくれた。 階段から落ちそうになった時は身体を支えてくれたし、車に轢かれそうになったら飛び込んできて助けてくれた。 そして、今もまた、危険を顧みずに山の中へと救助に来てくれたのだ。 だから、今度は自分の番。 自分がレッドを助ける番だ。 だが・・・・・・今の自分は、あまりにも無力だ。 ――・・・・・・・何かの・・・『力』が・・欲しい―― イエローは、自分の涙がいつの間にか止まっているのを感じながら、そう願っていた。 力が欲しいなんて思ったのは初めてだった。別に力なんて生きていくために必要ないと思っていた。それがどんな力 だとしても、本当に大切なのはもっと別にあると思っていたからだ。 しかし、今は何にかえてもそれが欲しい。 ――なんでもいい・・・・・・レッド先生を助けられるなら、どんなものでも・・―― そう思いながら、イエローは、ワタルが春先の練習試合の時に言っていた『力』の話を思い出した。 『まだ、気付いていないのか・・・・まあ、いい。お前には常人とは違う力を持っている。それは間違いない』 確かにワタルは、自分に何かの『力』があると言っていた。普通の人が持っていない特別な『力』。まだ未完成で気付 いてもいないが、確かに持っていると。 なら、今こそそれが欲しい イエローは思った。 なんでもいい。自分に力があるのなら、今それが欲しい。 ――お願い・・・・・!!―― イエローはきつく目をつむって、願った。 何に対して願ったのかは分からない。神様か、それとも『力』を持っているらしい自分の身体か・・・ ガタガタ ――え?―― 急に、近くから何かが揺れる音が聞こえた。 イエローは、完全に涙が止まった顔を上げて周りを見渡し、その音の出所を探してみる。 ガタガタ! また音が鳴った。今度は先程より激しい音だ。 イエローは、耳を凝らしてその音をよく聞いてみる。 すると、その音が自分の目の前にいる人物――レッドから発せられているのに気付いた。 ――いったい・・・何の音・・?―― 座り込んだまま、四つんばいでレッドに近づいていく。レッドの周りにはいまだ『さいみんじゅつ』の音が出ているの で、耳を塞いでその音を聞かないように注意しつつ、ゆっくりと。 その音が出ていたのは彼の腰の辺りだった。イエローは膝立ちになって、レッドの腰辺りを探ってみる。 ガタガタ! 分かった。 この音は、モンスターボールが揺れている音だ。 レッドの腰についているモンスターボールの1つが、激しく揺れている。イエローはその揺れているボールを手にとっ てみた。 すると、そのボールの中には、レッドの持ちポケの1つであるピカチュウの『ピカ』が入っていた。 ――いったい・・・?―― ボールの中を覗いてみると、ピカが険しい表情でボールを揺らしているのが見えた。その表情はまるで、この戦いに 関して自分に何かを伝えようとしている様子に見える。 イエローは中のピカを見つめながら「どうしたの?」とボールの中に尋ねた。 しかし、ピカは答えてはくれない。ただボールを揺らすだけだ。 当たり前だ。ポケモンと話すことなどできるはずが無いのだ。 イエローは、ピカに「ごめんね、分からなくて・・」と言って、ボールから目を外した。 そして、そのボールを手に持ったまま、早く敵を見つけようともう一度周りを見渡す。だが、やはり周りには木々が立っ ているだけで、幽霊ポケモンの姿など見つける事はできない。 どうすれば・・・・・ イエローに、再び絶望の感情が溢れ出てきそうになった。 《正面だよ!!》 「え?」 突然、どこからともなく声が聞こえた。高くもないし低くもない。聞いた事も無い声で、まるで頭の中に響いてくるような 声だった。 イエローは誰?と思いながら、周りを見渡す。レッドと自分以外、この場所には誰もいなかった。 《正面に敵がいるよ!!》 また聞こえた。 正面に敵がいる、と聞こえたような気がする。 イエローは、声の人物が誰なのかを一旦保留にしておき、とりあえずその声にしたがって、正面の木々を目を凝らし て見つめた。 ――・・・・・・・・・・・・あ!―― 一瞬だけ、影が動いた。 それはほんの一瞬の出来事で、普通に周りを見渡しているだけでは絶対に見つけられない。瞬間の出来事だった。 あれだ。 イエローは腰からチュチュの入ったモンスターボールを手にとって、それを正面に投げる。たちまち、ピカチュウの『チ ュチュ』がボールから出てきた。 「チュチュ!正面の木に向かって、『10万ボルト』!!」 チュチュはほお袋に溜め込んでいる電気を一斉に放電させ、それを正面の木に放つ。電気はすさまじい音と光を放ち ながら、木に向かっていき見事に命中した。 そして、それと同時に黒い影がそこから姿を現した。 イエローはその姿を認めて、声をあげた。 「ゲンガー!」 その黒い影はやはり幽霊ポケモンだった。しかも最強に近いとされているゲンガーだ。 ゲンガーは、いまだ『十万ボルト』の電気が帯電している木から飛び降り、地面に降り立つ。 イエローは、ゲンガーを睨みつけるように正面に見据える。 あれが、レッドに『さいみんじゅつ』をかけているものの正体。自分の敵。 イエローは臨戦態勢を整えつつ、ゲンガ-の動向を探る。 が、そこであることに気が付いた。 ゲンガーの目に敵対心がまったく無いのだ。殺気や覇気と言ったものが出されておらず、むしろ悲しみの感情を含ん でいるように感じる。 何故だろうか?こんなことをするのに、何故悲しみの表情をしているのだろうか? ふとそんなことを考えてしまいそうになったイエローは、ダメだと思って、頭を振った。とにかくこのゲンガーが『さいみ んじゅつ』を放っていたのだ。倒さないとレッドを助ける事はできない。 イエローはチュチュに再度『10万ボルト』の指示を出した。チュチュはそれに従い、ゲンガーに向かって高電圧の電気 を放つ。 一直線に放たれた『10万ボルト』は、しかしゲンガーの身体を捕らえる事はできなかった。ゲンガーはその場でジャン プしてその攻撃を避け、こちらへと突進する動作を見せた。 しかし、イエローはそれを予想していた。すぐさまチュチュに向かって「チュチュ、『でんじは』!」と指示を出す。 空中に浮いていたために動作が鈍くなっているゲンガーにはその攻撃が避けられず、見事命中した。ゲンガーの身 体が途端に『麻痺』状態へと陥り、そのまま地面へと崩れ落ちる。 よし、とイエローは思った。これで少なくとも、ゲンガーの動きは止めた。『さいみんじゅつ』も解けているはずだ。 イエローは、おそらく『さいみんじゅつ』が解かれたであろうレッドの方を振り返る。 が、 ――・・・え?―― イエローは驚愕した。 レッドはいまだに青い顔をして立ち尽くしていたのだ。 おかしい。このゲンガーが『さいみんじゅつ』を使っていたのではないのか? まさか、まだこの周りに幽霊ポケモンがいるのか、と思ってイエローは周りを見渡す。 すると、急にゲンガーの横に2つの影が降り立った。 ――あれは・・・・ゴースと・・・ゴースト・・!―― それは、同じ幽霊ポケモンであるゴースとゴーストだった。 これで分かった。この『さいみんじゅつ』は、この3匹の複合技だということだ。 それなら、1人の人間を完璧に催眠状態にさせられたのも、納得できる。『さいみんじゅつ』を3匹同時にかける事によ り、より完璧な催眠状態にしたのだろう。人に『さいみんじゅつ』を強制的にかける場合、それぐらいは必要になってく る。 しかし、とイエローは幽霊ポケモン達を見てみた。 気になるのは、この3匹の表情だった。 何故か3匹からは殺気がまったく感じられない。 その表情は、苦悶と悲しみに満ちていて、まるでいやいやこの戦いを行っているような気がする。 嫌々戦いを・・・・ 《彼らは操られているだけだよ》 また、声が聞こえた。さきほどと同じ声。頭の中に響いてくる。 イエローは再度周りを見渡すが、やはり誰もいなかった。いったい・・・この声は誰だ? その声は『彼らは操られている』と言っていた。 3匹のポケモン達は操られている・・・・もし、そうなら、この悲壮の表情も説明できる。 そんなことはあるはずがない、と頭のどこかが言った。 が、しかし、それはありえることでもあった。いや、そうでしか説明できない部分もある。 この幽霊ポケモン達は、3匹同時の『さいみんじゅつ』を行ってきた。トレーナーでもそうそう行う作戦ではない。術をか けるタイミングや力のバランスなどが違えば、たちまち失敗してしまうからだ。優秀なトレーナーが傍にいなければ、 成功する事は少ない。 つまり、彼らのような野生のポケモンが行う作戦ではない、ということだ。頭がいいポケモンや、もしくはトレーナーの 指示がないとできない。 ということは、このゲンガー達は、トレーナーに戦いを強制されているか、もしくは他のポケモンに操られているか、の どちらかだ。 イエローは、ならばゲンガー達は傷つけられない、と思った。 戦いを強制されたり、誰かに操られているだけならこの3匹には何の罪も無い。倒すべきなのは、このポケモン達を 戦わせている元凶だ。 イエローは幽霊ポケモン達に一斉に『でんじは』を浴びせた。これなら相手を『麻痺』させるだけで、ダメージは少な い。 案の定、『でんじは』を受けた幽霊ポケモン達は身体の動きを止め、地面に崩れ落ちた。身体が麻痺して動けないの だ。 イエローはその間に元凶となる『何か』を探した。周りをくまなく探り、なんとか見つけようとする。 だが、やはり幽霊ポケモン達のように身を潜めているのか、それとも近くにいないのか、その姿はまったく見つからな かった。 ――まずい・・・―― 時間がかかれば、幽霊ポケモン達の麻痺は解けてくる。レッドの『さいみんじゅつ』も、何故かは分からないが解けて いない。おそらく幽霊ポケモンたちは、麻痺している身体でも強制的に『さいみんじゅつ』をかけされられているのだろ う。 いったい『元凶』はどこに・・・ そう思った矢先だった。 《上を見て!》 また、声が聞こえた。今度は上を見ろ、という指示だ。 今度は何の迷いも無く、上を見上げてみる。 先程から聞こえる声から判断して、これは自分に味方してくれていると思ったからだった。正体は分からないが、この 声は自分に助言してくれる。信じるしか手はない。 上を見上げると、はるか高く、豆粒のように見える小さな『何か』がそこにはいた。 イエローはリュックサックから双眼鏡を出して、それの正体を見極める。 ――あれは・・・・・・フーディン!―― 大きな髭を持ち、黄色い体をしているエスパーポケモン――フーディンが、双眼鏡で確認する事ができた。 イエローは、元凶はあれだ、と確信した。 フーディンの念力は並外れたものだ。レベルが高ければ建物1つを簡単に壊すことだってできる。 おそらく、そのフーディンの念力がこの幽霊ポケモン達を操り、3匹同時の『さいみんじゅつ』を行っているのだろうと思 われた。 しかし、何故こんなところにフーディンが? 普通フーディンは野生ではほとんど出現しない。大抵は通信進化という方法をとらないと見る事はないし、こんな山奥 に住んでいるはずがないだろう。 それに、幽霊ポケモン達を操っている理由もよく分からない。何故、こんなことをする必要があるのだ? 「うっ・・・・」 傍にいるレッドが苦しそうな声を出しているのを聞いて、イエローはハッ!とした。こんなことを考えている暇じゃなか った。幽霊ポケモン達を麻痺させたとはいえ『さいみんじゅつ』が解かれたわけではないのだ。早く止めないと、レッド の身体があぶない。 そのために、まずフーディンを倒す。 イエローは、チュチュに、フーディンに向かって『10万ボルト』を放つように指示した。チュチュは、すぐにほお袋の電気 をフーディンに向かって放った。電気がはるか上空にいる敵へと、光と音を立てながら向かう。 が、その電気はフーディンにたどり着く前に消えてしまった。 おそらく、あまりにも相手が高い空にいるため、電気が届かないのだ。これではチュチュの最大の技『かみなり』を使 ってもあまり効果はないだろう。 イエローは考える。どうやってフーディンを倒すか、を。 今の持ちポケは、ピカチュウの『チュチュ』、ラッタの『ラッちゃん』、ドードリオの『ドドすけ』だけだ。 およそ、はるか空中にいるフーディンを倒せるメンバーではない。 空を飛べるポケモンも、イエローは持っていない。唯一空が飛べるのはレッドの持つ『プテ』だけだが、プテは原因不 明の体力低下のせいで戦闘に参加できる状態ではないのだ。 ――どうする・・・―― イエローは頭をひねって考える。 しかし、何の考えも・・・ ガタガタ! 急に自分の手が震え出した。いや、揺れていると言ったほうがいい。 イエローは驚いて、自らの手を持ち上げる。 揺れていたのは、今まで手に持っていたモンスターボールだった。レッドの『ピカ』が入っているボール。今まで持って いるのを忘れていた。 ボールの中のピカは、外に出たい、という表情をしている。 突然、ピン!と頭がひらめいた。 ――チュチュだけなら電気は届かない。なら、レッド先生のピカと一緒に電気を放出すれば・・・―― 届くはずだ。 イエローはその作戦を即実行しようと、ピカが入ったボールを前に放る。 地面に放たれたボールから、光と共にピカが姿を現した。 ピカはもう、戦闘態勢万全という様子だった。 イエローは、はるか上空にいる敵を再び双眼鏡で見てみた。フーディンは相変わらず空に浮かんだままだ。移動しな いところを見ると、自分の方には攻撃がこないとタカをくくっているのだろう。 ――今しかない!―― チャンスは1回。これを外せば、フーディンは逃げてしまうか、こちらに攻撃を加えてくるだろう。ゲンガー達に放った 『でんじは』の効果ももうすぐで切れてしまう。そうなれば、フーディンに攻撃を与える事は最早至難の技となってしま う。 それでは・・・レッドを救う事はできない。 外すことは許されない。 しかし、そんなプレッシャーなどイエローには何の問題もなかった。その心の中は、レッドを助けたい、という思いだけ が存在し、それ以外はまるで真っ白に染まっているかのような感じがした。 ――よし・・・・!―― イエローは大きく息を吸い込んで、この戦い最後になるであろう指示を出す準備をする。 そして、口を開いた。 「チュチュ!ピカ!同時に『かみなり』!!」 その声と同時に、チュチュとピカのほお袋が光り出した。 自分達の頭上、フーディンが飛んでいる位置よりもさらに高い上空に、雷のエネルギーを溜め込んだ黒い雲が、姿を 現した。 捜索中 ワタル・・ 最初は、何が起こっているのか分からなかった。ジェルブと別れ、イエロー達がいると思われる範囲を捜索している と、急にはるか上空に黒い雲が現れたのだ。 晴れわたっていた空に、いきなり現れた厚く黒い、大きな雲。 その黒い雲はどんどんと移動していって、ある場所で急に止まった。まるで何かの意志を持っているかのように、ぴた りと。 ワタルは地図を開いて、その黒い雲が止まった場所を確認してみる。 ――あれは・・・・捜索範囲に入っている・・!―― あの赤い円で示された捜索範囲。その上空に、あの黒い雲は制止していた。 ワタルはもう一度、その黒い雲を見てみた。黒雲は上空で止まっており、その位置から動こうとしない。 だが突然、雲の内部が突発的な光を出し始めた。フラッシュのような光が一瞬光り、それと同時にすさまじい轟音が 響く。どうやら電気のエネルギーが雲の中にあるらしく、それが内部で放電しているようだった。 ということは、だ。 あれは雷雲だ。 しかし、晴れていた空に急に雷雲が出るなど普通ではない。およそ自然現象だとは考えられなかった。 なら、あれは何だ? ワタルは考え、答えにいきついた。 ――あれは・・・・・ポケモンの技・・『かみなり』か・・・!―― それならば説明がつく。上空に雷雲を呼び、そこから落とす雷で相手を攻撃するという『かみなり』。これは電気ポケ モンの中でも、大技中の大技だ。 ただ、この山の中には電気ポケモンはほとんどいない。今まで何回も山の中に入ってきたが、1度も見たことがない のだ。 ポケバト部の部員達の捜索範囲からも、あそこは外れている。 それなら、あの雷雲を発生させているポケモンの正体は、ただ1つ。 イエローの持つポケモン――ピカチュウの『かみなり』だ。 ワタルはそう結論づけると、勢いよく走り出した。グリーンに連絡しろ、という思いが頭のすみに現れたが、そんなこと をやっている暇はないと却下した。一刻も早く、イエロー達の下へと行かなければならないのだ。 なぜなら、イエローが『かみなり』を放たなければならないほど、彼女の敵は強いのだ。普段の彼女は、試合でもほと んど『かみなり』を使う事はない。相手に対するダメージが強すぎるため、あまり使わないらしいのだ。相手を傷つける ことを極端に嫌う彼女ならではの考えだ。 しかし、今イエローはその技を使っている。使用を制限していた『かみなり』を今、ここで。 そこまで相手は強敵なのだ。 なら、早く彼女に加勢しなければならない。 ワタルはそう考えながら森の中を走り、その雷雲の下、イエロー達がいるであろう場所に向かう。 だが、突然。 フラッシュのような光と共に、空、木、地面、自分の身体―――ワタルが目に見えるもの全てに、光がかかった。 ガッシャァァァァァァンンンンンン!!!! ワタルは、暗雲が立ち込める空に光る亀裂が走るのを目にした。同時にすさまじい轟音が耳をかけ抜けた。思わず、 目と耳が潰されてしまい、立ち止まってしまった。 しかし、そんな状況でも頭の中は非常に冴え渡っていた。その頭の中で思った。 なんてすさまじい威力だ、と。 これは、普通の『かみなり』では到底考えられない威力だった。ここまですさまじい物は、今まで経験したことも無かっ た。通常の数倍の威力だと考えられる。 イエローのピカチュウは、こんなに強い威力の『かみなり』を放てただろうか?いや、今まで彼女のポケモンを観察し ていたが、ここまでのものは出せなかったはずだ。 それなら、この『かみなり』を放ったのはイエローではない? そう考えていると、『かみなり』の光と音によって潰されていた目と耳が、徐々に回復してきた。もうそろそろ完全に元 に戻る。 ある程度、目の前が見えるようになると、ワタルは再び走り始めていた。 上空の暗雲はすでになくなっており、再び青空が広がっていた。 ※ イエロー達がいるであろう場所――さきほどの雷が落ちた場所に辿り着くと、最初に目に入ったのは、ところどころが 焼け焦げているフーディンの姿だった。黒い煙を放ち、身体中に残留放電が残っている。『かみなり』を受けたのはこ のポケモンだと思われた。 しかし、何故こんな山にフーディンがいるのだろうか?普通なら絶対にこんな山に生息しているはずがない。フーディ ンが山に生息しているなんて聞いたこともないし、ありえもしない。あまりにも不自然だ。 ワタルは、そのフーディンに近寄ろうとしてみた。 だが、あと少しで手が届きそうになった時、フーディンの手が微かに動き、それと同時にその姿が煙のように掻き消え てしまった。後には焼け焦げた草だけが残り、フーディンは完全に消えてしまった。 ――この技は・・・・・『テレポート』か・・・・―― 『テレポート』ははるか遠くへと移動する技だ。フーディンは、最後の力を振り絞って逃げたのだろう。 ワタルは周りを見渡し、イエロー達がいないか探した。この場所は、ちょうど木々がなくっている場所で、視界も広い。 今度は、3つの影が目に入った。 ――・・・・・?ゴース、ゴースト・・・それにゲンガーだと・・・?―― 一瞬、黒い影だと思ったそれは幽霊ポケモン3体だった。 それぞれ、きょとん、とした顔をしていたと思えば、次の瞬間には嬉しそうな顔に変わり、喜んでいるような様子を見 せている。 ワタルは、その幽霊ポケモン達に近づいてみた。 彼らはこちらに気がつくと、突然近づいてきた人間に驚いたのか、少しばかり警戒する様子を見せる。だが、こちらに 敵意がないことが分かるらしく、すぐにその警戒を解いた。 手が届く距離まで近づくと、ワタルはゲンガーに向かって手をかざした。 ――『力』を使えば分かるはずだ・・―― ワタルの手から、柔らかい光が放たれる。 同時に、そのゲンガーの意識がワタルの頭に入ってきた。 《苦しかった・・・・・あいつに操られて、無理矢理人間を攻撃させられて・・》 そういうことか。 ワタルはそれだけを聞くと、全てを納得し、ゲンガーに掲げていた手を下ろした。 どうやら、この幽霊ポケモン達は、先ほどのフーディンに操られていたらしい。フーディンがいなくなったのでそのコント ロール下から離れることができ、それを喜んでいたのだろう。 ワタルはそう推測し、ゲンガー達から離れていった。 と、 「ひっく・・・ひっく・・・・」 突然、何かの声が聞こえた。女の声だ。それも泣いているような・・・・ ワタルはその声の出所に目を向ける。しかし、草むらに隠れているのか、ここからでは確認することができなかった。 ワタルは草を掻き分けて、その場所に向かう。その間にも泣き声のようなものは止まらなかった。 最後に木の枝を折って、再び開けた場所に出た時、最初に見えたのは、地面に仰向けになって倒れているレッドと、 その横で泣いているイエロー、その傍にいる2匹のピカチュウだった。 2匹のピカチュウを見て、ワタルは先程の『かみなり』が持つ威力にやっと納得した。あれは、2匹のピカチュウの同 時攻撃だったのだ。 しかし、今はそんなことを考えている時ではなかった。問題なのは、レッドが倒れていて、イエローが泣いている、とい う事実だった。 「イエロー!」 大声で名前を叫ぶと、イエローはゆっくりとこちらを向いた。 彼女の顔は・・・・・涙でいっぱいだった。 「ワタル・・・・さん・・・・」 「どうした、イエロー?」 「レッド先生が・・・」 ワタルは2人の傍に近づいた。 すると驚いた事に、レッドの顔はすさまじいまでに青かった。およそ、生きた人の顔色ではなく、昨日のレッドからは 想像もできないぐらいの顔色の悪さだった。 「イエロー・・・これは・・・」 「私が悪いんです・・・」 「なに?」 イエローは、泣きながらゆっくりと喋り始めた。その瞳からは、透明な雫が地面に滴り落ちている。 「私が早くレッド先生を助けなかったから・・・・・・あまりにも私が無力だったから・・・・だから・・・・だからレッド先生 は・・・・・」 「イエロー、落ち着いて喋れ。いったい何が起こった?」 「レッド先生がこんなになったのは、全部私のせいなんです・・・・・うわぁぁぁん!!」 イエローは、何かの責任を感じているらしく大声で泣き始めた。その声と共に傍らにいた2匹のピカチュウも泣いてい る。 ――いったい、ここでなにが起こった?―― ワタルはそう考えつつ、レッドの横に座り込んだ。まず、彼の状態を確認するのが先だ。 レッドの腕の動脈に指を当て、脈をとると、ワタルは驚いた。脈がかなり弱い。今にも途切れそうで、回数も少ない。 そして呼吸も弱く、意識もない。 これはまずかった。レッドをこのまま放っておくと、確実に・・・・ ワタルは自分が頭に思い浮かべた考えを、頭を振って捨てる。 それだけは阻止しなければならない。 しかし、どうする? 外傷もなければ、何か攻撃を受けた跡もない。おそらく、体力だけが著しく低下しているのだろう。 そうなると薬は無意味だ。薬は外傷を治す事はできるが、体力の低下に対してはほとんど効力をなさない。 体力だけを回復する方法・・・・・ それは1つしかない。自分が持つ『力』を使って、レッドの体力を回復させることだけ。 しかし、ここまで体力が低下しているのを、自分ひとりで回復しきれるだろうか?いや、到底無理だ。 これは、自分の持つ『力』の限界を越えている。 いや待てよ。 ワタルは、あることを思い出した。 ここは圏外の範囲らしいが、自分とジェルブのポケギア同士だけは、圏外でも連絡できたのでないか? そう思い出して、すぐにポケットからポケギアを取り出す。すると、思ったとおり画面の表示には『圏外』の文字が無 く、アンテナが立っていた。 これならば、これと同じ改造ポケギアを持つジェルブに連絡できる。 ワタルはすぐに立ち上がった。今からジェルブをこの場所に呼ぼう。 ジェルブもまた『力』を持つ者だ。自分ひとりでレッドを回復させる事は無理だが、ジェルブと2人がかりで『力』を使え ば、なんとかなるはず。 イエローとレッドから少し離れ、ワタルはポケギアの電源を入れて、ジェルブの番号を押そうと指を伸ばした。 だが、その瞬間。 急に、自分の横から強烈な光が放たれた。 ――な、なんだ!―― パァァ、と光り、自分の目をくらませるその光は、しかし先程の雷の光とは違い、柔らかな波動を帯びている。 ワタルは、この光を知りすぎているほど知っていた。 すぐにポケギアから目を離して、横に振り向き、その光の出所に顔を向ける。 すると、倒れているレッドの横で、目を大きく広げて上を向き、身体全体から光を放っているイエローの姿が、そこには あった。 ――こ、これは・・・・・!!―― まさかと思った。こんな所で、しかもこんな急に現れるなんて・・・ しかし、それ以外にこの光に対して説明できない。 ――イエローが・・・・・『力』を・・・―― イエローは『力』を使っているのだ。今、ここで初めて。 イエローの身体から出た光は、徐々にレッドの身体を包んでいく。白色を帯びているその光は、ゆっくりとレッドの身 体に入っていった。すさまじいまでの勢いで出るその光は、とどまる事をしらない。無限に彼女の身体から出てきそう だった。 その光の中心にいるイエローは、何故か放心したかのように目の焦点が合っておらず、顔を上に向けたまま動かな かった。 いつまでもその光が出続けると思われたが、1分ほど経過した後、段々とその光が薄れてきた。レッドの身体に入る 光の量も少なくなっていく。 そして、それと並行して、イエローの目が段々と閉じられていった。 ついに光が止まると、イエローはバタリとレッドの身体に倒れた。レッドの身体に身を預け、そのまま動かない。 ワタルは光がなくなると、ハッ!と気が付き、すぐにレッドとイエロー達の傍へと寄った。イエローは目を瞑って眠って いた。初めて『力』を使ったので気を失ってしまったのか、これまでの疲れが出たのか。理由は分からないが、イエロ ーには何の異常もないようだった。 ワタルはイエローを起こさないように気を付けながら、レッドの状態を診てみる。 腕に指を当てて脈を取り、呼吸を確認。 すると驚いた事に、全てのバイタルサインが正常に戻っていた。顔も血色がよく、さきほどまでの青い顔色が嘘のよう だった。体力が回復した証拠だ。 そこまで確認すると、ワタルは立ち上がった。もうレッドも大丈夫なようだし、後は救助を呼べばいいだけだ。 電話をする時に、2人を起こさないように距離をとる。 そして、再びポケギアに目を移し、まずジェルブに連絡を取ろうと、番号を押す。おそらく、1番に彼女の無事を確認し たいのは彼のはずだ。 ジェルブの番号を思い出しながら、ポケギアのボタンを押し、相手が出るのを待った。 と、ふと、2匹のピカチュウがイエローとレッドの傍にいるのを目の端で捕らえた。2匹のピカチュウは、心配そうに自 分の『おや』を見つめている。 しかし、『おや』がもう安心できる状態なのが分かるらしく、すぐに嬉しそうな表情に変わった。そして、そのまま2人の 傍に座り込んだ。 ワタルはそれ見て、あいつらはちゃんとした「絆」があるんだな、と思った。 ポケモンとトレーナー、この両者の間に存在する絆は、とても大切で重要なもの。 ワタルは、そう思っている自分がかすかに微笑んでいることに気が付き、すぐに顔を引き締めた。 2人を、山から下山させるまで緊張を解いてはいけないのだ。また、どこかから敵が出てこないとは限らない。 ちゃんと、気を引き締めなければ。 ガチャ 電話の相手が出たようだ。 『もしもし、ワタルか?』 ジェルブの声が受話器から聞こえる。その声はいまだ明るい声だった。相当、身体を酷使しているのに違いない。 しかし、これから言う言葉で少しはその疲れが癒されるだろう。 「ジェルブか?」 15分後。 ジェルブとワタルの連絡を受けたグリーン達が、現場に急行。2人を発見した。 そして、3日目の午前8時から山に入ったイエローは、約28時間後、この幽玄岳から、下山する事になったのだっ た。
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/16.html
第8話 転入生登校の日 ある日の朝。 雨の季節の真っ最中にも関わらず、朝から青い空が見えており、太陽のまぶしい光を浴びていたイエロー。眠い目を こすりながら、このまま寝てしまおうか、という自分でも危険だと思うような考えを持ちながら、歩いていた。 6月の10日という時期は、中だるみがしやすい時期、といわれるが、それは本当だとイエローは感じていた。実際、 今も自分が学校に行きたくないと考えている。もちろん、これは眠気のせいなので、昼頃になったらそんな考えはなく なるが・・・・ そんなことを考えながらも、ふらふらとイエローは歩いていく。 そして、見てしまった。 あの、黒い髪、黒い瞳の人物を 「あ、あの人・・・・」 見間違いかと思ったものの、現実にその人物は自分の目の前を通り過ぎていっている。 だが、問題は今いる場所だった。 その見かけた場所というのは・・・ 「お!イエロー、おはようさん。さっそくだけど、今日のクラブって・・・・ん?何ぼうっとしてんだ?」 「ゴールドさん・・・」 学校の中で、だったのだ。 職員室 レッド・・ 「転入生?」 「そ。今日新しくあんたのクラスに入ってくるのよ。前に博士がいってたじゃない。まさか・・・聞いてなかったの?」 朝の職員室の中、教室に行く支度をしていたレッドは、ブルーに「ちょ、ちょっと忘れ物!」と呼び止められていた。 レッドは、最初は忘れ物なんてしていないはずだ、と思っていた。よって、ブルーに、「なにを?」と反論してみたのだ が・・・ 返ってきたのは、まったく聞き覚えの無い情報。 「転入生」という単語を頭の中で繰り返しながら、レッドは、「あ~・・・・」と考えてみる。だが、どれだけ記憶の底をひ っぱり出しても、そんな情報は出てこない。転入生なんて重要な事は、1度聞いたら忘れないだろう。 なら、なぜ覚えていないのか。 答えは1つ。 その答えを、呆れ顔のブルーが口にした。 「ふう~・・・聞いてなかったのね」 「・・・・・はい」 その通り、話を聞いていないだけだ。 レッドは、すまなさそうに身体を縮ませた。 「まったく・・・・ほら、これが資料よ。・・・まったく、少しは人の話を聞きなさい。」 ブルーはブツクサと文句を言いながらも、レッドに資料の束を渡して、自らの教室に向かって行った。 なんだかんだ言って、ブルーは結構親切な人物だ、とレッドは心の底で思った。昔から、色々と助けられている。 そう思いながら、レッドは資料に目を落とした。 始めて見る資料だ。驚きながらも、わくわくしながら見ていた。 ――どんな奴だ?―― まるで学生のように心を浮きつかせながら、レッドは紙の上の文字を読んでいた。 3分経過・・・ あらかたの文字を読み終えると、最後に『転入生は、校長室にいます。迎えに言ってやってください』と小さく書いて あったのが見えた。 レッドはそれを見て少し不思議に思ったものの、とにかく校長室に向かうことにした。1度、転入生の顔も見てみた い。 校長室の前まで歩いていったレッドは、一応ノックをしてみた。 木を叩く音が鳴ると同時に「入って来い」と博士の声が聞こえ、レッドは「失礼しま~す」と言いながら校長室に入って いった。 そして、部屋に入った時、レッドが最初に見たのは、 「こんにちは」 1人の少年の姿だった。 3年B組・・ 学校の中に入ったイエローは、自分の席についても、あの人物のことを考え続けていた。 ――う~ん・・・・まさかあの人ってここの生徒なのかな?・・・―― 2度も自分を助けてくれたあの人。 1度目は、変な人に絡まれているところを助けてくれた。 2度目は、雨で右往左往しているところを助けてくれた。 あんなに親切な人を見たのは本当に少ない。 そんな黒髪で黒い瞳の人物。その人が学校の中にいた。 もしかしたら生徒なのかもしれない。 ――だけど・・・・ねえ・・・―― しかし、だ。 もし、この学園の生徒ならそれを隠す理由なんてないはずだ。普通に「同級生だ」とか「同じ学校にいる」とでも言え ばいい。なのに、あの人は何も言おうとはしなかった。 さらに、 ――最初に助けてくれた時に、あの人が着ていた学生服・・・・あれって、ここの制服じゃなかったような・・・・―― 最初に助けられた時、彼が着ていたのは学生服だった。 しかし、それはイエローの学園で指定されている学生服とは違っていた。同じ詰襟の制服だったものの、細かい所に 違いがあったのだ。 ――う~ん・・・・そうだとしたら転校生、とか・・・・?―― 転校生なら、雨の日に会った時に彼が「また会える」と言ったことも頷ける。 だが、そんな単純なこともないだろう。 そう思って、イエローは考え事を止める事にした。どちらにしても、後々分かる事。だいたい、朝に見かけたときに呆け ていないで、後を追いかければよかったのだ。 「ほらほら、みんな席につけよ~」 イエローが考えをめぐらしていると、レッドが教室に入ってきた。 こんなに早く来るのは久しぶりのことで、また遅刻だろう、と思っておしゃべりをしていた生徒たちは、驚きながら席に 戻っていく。 イエローも、レッドが早く来た事に多少は驚いていたが、さらに驚いたのが次の彼が口にした言葉だった。 「今日は連絡事項を伝える前に、ちょっと話があるんだ・・・・なんと、今日、ここに転入生が来るんだぞ!」 レッドが言った言葉に、教室中が一気に騒いだ。 「へえ~」「どんな人だろう?」「女か!?」「何言ってんの、男よ!」 とか何とかの声が、周りから一斉に聞こえてきた。 イエローも、このレッドの言葉に対して周り以上に驚いていた。 何しろ、さっきまで『あの人って転入生なのかも』と思っていたのだ。 まさか、と思いながらも、どうしても朝に見かけた『あの人』が転入生だという期待感が取れない。 イエローがそんな考えをめぐらしているのも知らず、レッドは話を進めていく。 「今日、来る奴は男だ。結構親切で、話しやすいと思うから、みんな仲良くしてやれよ」 その、『親切』『話しやすい』という単語は、イエローに『あの人』が転入生だということを確定させてしまう要素だった。 学校の中に『あの人』がいて、このクラスに転入生が来る。 それだけの事実で、『あの人』が転入生だという結果が生まれてしまった。 ――うわあ、すっごい偶然―― イエローはそう思いながら、期待感を大きく募らせていった。 「それじゃ、そろそろみんなに紹介しよう。・・・入ってきていいぞ!」 レッドの言葉と共に、教室のドアが開かれた。 そして、イエローが見た、教室に入ってきた転入生とは・・・ 「どうもこんにちは。ツクシといいます。これから、このクラスで一緒に暮らして行く事になったので、よろしくお願いしま す」 紫の髪の色して、一見少女と見間違えそうなその男の子は、イエローの思っていた『あの人』とはまったく違ってい た。 ――・・・・なんだ・・・・違ってたのか・・・・―― 期待していただけに、裏切られた時のショックは大きい。 イエローは自分の席で盛大な溜息をつき、付近の生徒に不審な目で見られていた。 そんな事も知らずに、イエローはただ落ち込むばかりだった。 ――そうだよね。そんな都合よく・・―― 「実はな、ツクシのほかにも、もう1人転入生がいるはずなんだけど・・・まだ来てないんだよな、これが」 レッドが苦笑いしながら言った言葉は、イエローを大きく動揺させた。 ――え!?ま、まさか・・・―― イエローがそう思ったと同時に、教室のドアが再び開かれ、 「すんません!ちょっと色々ありまして・・・・!」 ――あ!―― 息を切らせて入ってきたその少年は、 黒い髪で、 黒い瞳で、 明るい笑顔を浮かべた、 「ふう、やっと来たか・・・・・」 「ほんっとうにすみません!」 まさしく、『あの人』だった。 イエローは、とても驚いていた。 今まで平和な人生を送ってきたが、そんな人生の中でも1番に近いほどの驚きだった。 「ほら、みんなに自己紹介しとけ」 「はいはい~」 苦笑しながらレッドの言葉に返答するその姿は、まさしく、あの時の『あの人』だった。イエローは、驚いた目でその人 物の顔を凝視する。 そうすると、前の『あの人』が自分に見られているのに気付き、一瞬だけ笑みを返してきた。 ――やっぱり、そうだ―― その微笑みを見たイエローは、彼が『あの人』だと確信した。あんな笑顔を出せるのは、絶対に『あの人』しかいな い。 イエローがそう思っている一方で、『あの人』は自己紹介を始める。 「え~と、俺の名前はジェルブ・ファルシャング。呼びにくいだろうから、『ジェル』って呼んでくれ。趣味はポケモンバト ル。ちなみに彼女募集中ね」 明るい調子で話すそれに、クラス中が笑っていた。 しかし、イエローだけが笑っていない。 ジェルブ・ファルシャング。 それが『あの人』の名前。 それを頭の中で整理しながら、イエローは呆然と前を向いていた。 「それじゃ、ツクシはそこの席に。ジェルブは・・・・あそこのイエローの隣に座ってくれ」 「はい。分かりました」「おっけ~です」 ――へ!?―― 『あの人』・・つまりジェルブが自分の隣の席だという言葉が聞こえ、イエローは自分の耳を疑った。 まさか、『あの人』が自分の隣? あまりにも急すぎるし、心の準備ができていない。 しかし、彼は自分に近づいてきて、ゆっくりとイエローの隣の席に座る。 イエローはどきどきしてしまい、隣に座った彼の顔を見ることができなかった。 レッドが教室を去り、入れ替わりに入ってきたグリーンが授業を始めている一方、イエローは隣の事が気になりすぎ て、授業も聞かずに隣をちらちらと盗み見ていた。 すると、『あの人』・・・・・ジェルブは "よ!また会ったな" と話し掛けてきた。もちろん、もう授業中なので小声で。 イエローは一瞬胸をドキッ!とさせながらも、なんとか落ち着いた声で答える。 "あの・・それじゃ、やっぱりあの時の・・・?" "そうだよ。もう忘れたのか?" 忘れるわけない、とイエローは思った。 あれだけ印象に残っている人なのだ。しかも、なんだかまた会いたいという気も、ここ2、3日していた。 それだけ、惹きつけられる少年を忘れるはずがない。 "いいえ、忘れていませんよ・・・だけど、ここに転入してきたんですね" "ああ。あの公園で会ったときには、もうここに来る事にしてたんだ。言っただろ?『また会える』って。あれはもうここ に来るのが分かってたからなんだよ" そうだったのか、と思った。あの言葉はこんな所に繋がっていたのだ。 そう思い、イエロー微笑んだ。 "で、これからよろしくな" "はい。ジェルブさん" イエローが「ジェルブ」という名前を呼んだ時、彼は少し不満そうな顔をした。なんだろうか? ジェルブは、首を振って続けた。 "違う違う。俺はジェルって呼んでくれ。そっちの方が呼びやすいだろ?" そう言われ、イエローは細かい所にこだわる人だな、と思いながらも"はあ・・・それじゃ、よろしくお願いしますね、ジェ ルさん"とあだ名でジェルブを呼んでみた。 ジェルブはまだ難しい顔をしていたものの、仕方ない、と表情に出す。 "う~ん、まだ他人行儀だけど・・・・まあ、いいや" そう言って、苦笑いしながら手を差し出してきた。握手でもするつもりなのだろうか? イエローは戸惑いながらも、その手を握ろうとする。すると、 「こら!そこ!こそこそしゃべるな!」 「は、はい!すみません!」「すいません」 グリーンが、小声でしゃべっている2人を見て、目ざとく注意してきた。イエローは慌てて、ジェルブは冷静な声で同時 に謝った。 あまりにもその声がハモっていたので、教室中が静かな笑いに包まれた。 しかし、グリーンが周りを睨みつけ、その笑いを止めた。そして今度は、イエローの隣の人物を見て「ん・・?お前・・・」 と不思議そうな声を出した。 それに答えるように、ジェルブが明るい声を出す。 「あの時はどうも。先生、眉間にしわ寄せると、跡が残りますよ?」 「大きなお世話だ・・・・・・・ジェルブ、だったな・・・まあいい、授業を続けるぞ」 何か聞きたそうな顔をしたグリーンだったが、すぐにいつもの顔に戻り、教壇に戻って再び黒板に字を書き始める。 ――・・・?―― イエローは、グリーンの表情の真意がわからず、少し首をかしげていた。 放課後・・ 授業が終わるチャイムが鳴り、レッドのホームルームが終わると、イエローは早速部活に行こうと思っていた。 今日は、そろそろ公式試合が近いということで、部員達全員でトーナメント戦を行う事になっているのだ。そうする事 で、より実戦に近づけて、経験を得ようというのが目的だ。 イエローは、今日のトーナメントに少しの緊張感と大きな期待感を持っていた。 部員達との勝負は、緊張する一方、どれだけこの部が強くなっているのかを見る事ができる方法でもあるからだ。 特に、ゴールド、シルバーの2人は、ライバル意識からかどんどんと実力を伸ばしている。 イエローは、早くこの2人の実力が見たいと思っていた。 そうして、期待を募らせながら教室を出ようとした途端、後ろからジェルブに声をかけられた。 「なあ、なあ、イエロー。今日、学園の案内してくれないか?まだ、ここってよくわかんないんだよなあ。そのせいで、 朝遅刻したし・・・生徒会長なら、学校の中も詳しいだろ?」 イエローは迷った。 今、ジェルブに学園案内をすれば、トーナメント戦に間に合う確率は、50%という所だ。この学園は広い。全てを案内 すれば、30分はかかってしまう。 だが、案内をしないとこれからも彼は遅刻が続くかもしれない・・・ イエローは迷った挙句、これからジェルブが遅刻しないように、とのことで最低限の所だけを案内する事にした。最低 限、つまり授業なのでよく使うような場所を。 「分かりました。行きましょう」 そう言って、イエローはジェルブを促して、教室から出て行く。 と、廊下を歩いている所で、1つ不思議に思ったことがあった。 ジェルブは、自分が生徒会長だと知っていた。 今日始めて来たのに、なぜ知っているのだろうか? しかし、これは直接聞いてみたところ。 「ああ、それなら、レッド先生が教えてくれたんだ。『何かあったらイエローを頼っとけ。あいつは生徒会長で、信頼で きる奴だから』って。あの先生、お前を信頼してんだな」 笑いながら言ったジェルブの言葉に、イエローは顔を赤くしてしまった。 1階 職員室前・・ 2人は職員室の前に立ち、イエローが説明をしていた。 「ここが職員室です。大抵の先生は、授業や特別な用事が無い限り、この部屋にいます。一部の先生を除いてです が・・・」 「誰なんだ?」 「それは・・・」 【おい!レッド!また職員室を抜け出して、どっかで昼寝してたな!】 【しかたねえだろ!タケシ!俺は職員室が嫌いなんだ!】 職員室の中から聞こえてきた声に、イエローとジェルブは顔を見合わせて、苦笑していた。 2階 化学室・・ 「ここは化学室です。理科の授業はここでする事が多いので、覚えておいてください。今は、化学部が使っているはず です。」 「なあ、イエロー。中から黒い煙が出てきてるような・・・」 「え?」 確かに黒い煙が、ドアの隙間から出ている。 イエローは、化学室の中に耳を澄ました・・・ 【やったわ!ついに完成した!ブルーちゃん特製、ツカレトレール!さあ、誰に飲ませようかしら、ふふふ。】 【やめてください~ブルー先生~(泣)】 化学室から聞こえてくる不吉な声に、イエローは顔を引きつらせ、おびえた声で、「つ、つぎに行きましょう!」と言っ た。 ジェルブは、そんなイエローの様子を不思議そうに見ていた。 3階 音楽室・・ 「ここは音楽室ですね。音楽も週に2時間あるので、ここは覚えておいてください。ちなみにここの学園には吹奏楽部 がありません」 「ふ~ん」 そうやって説明していると、音楽室の中から何かの音が聞こえてきた。 「なあ、なんだかピアノの音が聞こえるんだけど?」 「そうですね・・・誰か弾いてるんでしょうか?」 2人は、誰が弾いているのかに好奇心が湧き、部屋の中を見てみる事にした。 少しだけドアを開け、部屋の中にあるピアノを見てみる。 すると、見えたのは、髪の毛を立てて胸にペンダントをしている、男の人・・・ グリーンだった。 "あ!あれはグリーン先生!" "へえ、あの先生、ピアノが弾けるのか" 小声で話していた2人は、しばらくグリーンの演奏に酔いしれることになり、そこで時間を大幅に削る事になってしまう のだった。 4階 教室・・ 「ここは教室です。この学園には、AからEまでのクラスがあります。私たちのクラスはB組、ここですね」 「今は誰もいないんだな」 「ええ、みんなクラブに行ってたり、家で趣味の時間を過ごしているので、教室にいる事は稀ですね。さ!次に行きま しょう!」 「なに急いでんだよ」 「何って、早くしないとクラブに遅れちゃいます!まったく・・・音楽室で時間を潰しちゃって・・・」 「だって、あれは、イエローがもう少し聞こうって・・」 「はいはい、早く行きましょう!」 イエローは、クラブに急ぐために、不満そうな顔をしているジェルブを強引に引っ張られていった。 運動場・・ 運動場はもうすでにクラブ活動をしている人たちで一杯で、みんなそれぞれ、色々な運動をして汗をかいていた。 そして、その中の何人かが運動場の端にいるイエロー達を見ていた。 イエローの隣にいる人物が、やけに似ている様な気がするからだった。 並んで立っていれば、まるで双子のように見える。 しかし、当の2人はそんなことに気付かず、学園の案内をしつつ、されつつ、おしゃべりをしていた。 自然に話題はクラブの方へ・・・・ 「そういえば、ジェルさんはどこのクラブに入るんですか?」 「ん~俺?俺は趣味がポケモンバトルなんだから、もちろん・・」 「おい、イエロー!早く来いよ!もうトーナメント始めんぞ!」 ジェルブが答えようとしたところで、遠くからゴールドが大声で呼んできた。 クラブは、もうすでに始まろうとしているらしい。 その様子を見て、イエローは、どうしよう、と思った。 このまま行けば、とてもじゃないがクラブに間に合わない。これから全てを回るのに、20分はかかりそうなのだ。やは り、グリーンの所で立ち止まったのが痛かった。 間に合わないと分かると、イエローは自然と暗い顔になっていた。 しかし、次の瞬間ジェルブが驚くべき言葉を言った。 「もういいぞ。俺、ポケバト部に入るから、見学しとく」 その言葉に、イエローは思わず抱きつきそうなくらいに喜んだ。これで間に合う。トーナメントにも出ることができるの だ。 イエローはジェルブに「ありがとうございます!」と礼を言って、すぐにポケバト部に向かっていった。 横目で、そのまま見学するらしいジェルブが、近くのベンチに向かっているのが見えていたが、それ以上にイエロー は早くクラブの準備をすることで一杯だった。 ポケバト部・・ トーナメントは思ったよりスムーズに進んでいった。 1回戦は、イエローと2年生のレギュラー候補、ゴールドとアカネ、シルバーとクリス、2年生の部員同士、とで勝負し ていた。 それぞれ、イエロー、ゴールド、シルバー、2年生の部員、とが勝ち進んだ。 2回戦は、イエローとシルバー、ゴールドと2年生の部員、とが対戦し、結果はイエローとゴールドが勝利。どんどんと 対戦は進んでいく。 そして、決勝戦。 「また、イエロー部長とっスか・・・」 「お手柔らかに、ゴールドさん」 ゴールドに挨拶をしたイエローは、手にモンスターボールを持つ。 しかし、ゴールドの様子がおかしかった。 ゴールドは、対戦を始める前から、なんだか気分が落ち込んでいた。 イエローにはその原因が分からない。彼は、こういう対戦は好きなはずなのだが・・・ 「イエローさん」 「あ、クリスさん」 そろそろ対戦が始まろうとしていたところで、クリスが近くに寄ってきた。クリスもまた、何か考え込んでいるような表 情だ。何かあったのだろうか? クリスが口を開いた。 「ゴールド・・・・なんだか、この頃スランプみたいなんです。今は決勝戦まで上がってきたんですけど、それでもスラン プが解けてなくて・・・」 「そうなんですか・・・・・だから、あんなに暗いんですね」 「はい・・・・・」 クリスが話し終えると、レッドから「お~い、もう始めるぞ」と言われて、イエローはすぐに試合場所に向かった。途中 で、ゴールドがスランプだという事を思い出しながらも、今は手を抜いちゃいけない、と考えていた。彼がスランプとい うのなら、ここで手を抜いて彼が勝っても、それでスランプがさらに続く事になるかもしれない。 だから、今は全力で戦う。試合の中で、ゴールドがスランプから脱出してくれれば、それが1番なのだが・・・ 色々と考えながら、イエローは試合場所へと到着した。ゴールドはすでに、その場所で先頭の準備をしていた。 「じゃあ、始めるぞ」 レッドがそう言うと、イエローは「よろしくお願いします」と挨拶をする。しかし、ゴールドは「・・・お願いします」と暗い声 で返してきただけで、今から戦うことを、何か嫌がっているような感じだった。 まるで、最初から負けるのが分かっているような口調だ。 イエローはその様子に心を痛めながらも、頑張ってくださいゴールドさん、と心の中で励ましながら、モンスターボール を1つ手に持った。 そして、試合が始まる直前、いきなり「おい!そこのバクハツ頭!」という声が、辺りに響いた。 「なっ!・・・あんた誰だ?」 ゴールドが驚いた表情で見た先には、ジェルブが立っていた。先ほどまでベンチで観戦していたはずなのに、いつの 間に近づいてきたのだろうか? ジェルブは、少し笑いながらも、ゴールドに向けて話し始めた。 「お前、今からイエローと戦うんだろ?」 「だ、だからなんだよ」 見慣れない人物に、ゴールドは警戒心を抱いている様子だった。しかし、ジェルブは「それならいい事を教えてやる よ。ちょっと耳貸してみろ」と言って、ゴールドの耳元に口を近づける。 何かを話しているのか、最初は訝しげな様子だったゴールドは、ジェルブの話にどんどんと引き込まれているらしく、 時間が経つにつれて「ふんふん」と小声で呟く。 イエローは、それら全てが気になったものの、とりあえず今は試合に集中しよう、と思って、チュチュの入ったモンスタ ーボールをしっかりと握り締める。 「よし、行くぜ!」 「がんばれよ!」 2人が話を終えたらしい。ジェルブがゴールドの背中を叩き、試合へと送り出している。 2人共、こちらを見たかと思うと、にやっ、と笑った。 嫌な予感がイエローの背中に走っていた。 試合後・・ 運動場にいた全員が、目の前の光景に目を疑っていた。まさか、これがこの世の出来事であるはずが無い、と。 「チュ、チュチュ!」 「っしゃ~!」 イエローは地面に倒れてしまったチュチュに近寄っていき、ゴールドは自分のバクフーンが倒れていないのを見て、 勝利の雄叫びをあげる。 それは、本当に信じられない出来事。 部長であるイエローが倒される姿など、ここ数ヶ月見たことが無かった部員達は、一斉に動揺の渦に巻き込まれてい た。 「ま、まさかイエローさんが・・・・」 クリスは信じられない、といった声を出し、横にいるシルバーも、目を見開いて驚いている。 「よっし!よくやったバクハツ頭!」 ジェルブだけが、ゴールドの肩を叩いて彼を祝福していた。ゴールドは、それに少し痛がる様子を見せたが、イエロー に勝ったことの喜びが勝るらしく、まだ笑っている。 「チュチュ・・」 イエローは、体力が尽きて横たわっているチュチュを腕に抱き、そのまま座り込んで、力なく背中を丸めていた。 放課後 帰り道・・ イエローは誰とも一緒に帰らず、1人で帰り道を歩いていた。 考えている事は、今日の試合のこと。あそこまで完璧に倒されるとは、思っていなかったのだ。 あの後レッドが来て、騒々しくなっていた部員達を集めて、そのままミーティングを行い、解散した。 解散後、レッドがイエローに、「あんまり負けのことは気にするな。問題はそれを教訓にどれだけ強くなっていけるか、 なんだ。俺だって、何回も負けてるんだぞ」、と微笑みを浮かべながら、イエローの頭をなでて慰めた。 レッドに慰められて、少しは元気が出たイエローだったものの、やはりショックは大きい。その時は「はい・・ありがとう ございます」と言ってその場を立ち去ったが、1人で歩いている今は、頭の中全てにゴールドとの戦いの事が渦巻い ていた。 あの時・・・・試合が始まる前、ゴールドに耳打ちしていたジェルブは、おそらく助言をしていたのだろう、とイエローは 推測していた。スランプだと言っていたゴールドに、何かしらの助言を与えて、そのスランプを脱出させたに違いない。 いや、もしくは助言だけでゴールドの実力を高めたのかも。 しかし、それはいったいどんな助言なのだろうか? そもそも、助言1つで強くなれるのだろうか・・ 「おい、イエロー」 色々と考えていると、後ろから声をかけられた。 振り返ると、そこにはジェルブが立っている。 いつの間に、と思いながらも、やはり心は試合のことで一杯だったイエローは「ジェルさん・・・」と力のない声を出す。 ジェルブは、その言葉を聞いて苦笑した。 「さん付けはやめてくれってば・・・・・・・・あんまり気にすんなよ。今日の負けは」 「・・・・・・・」 「問題は、この負けをどのようにして教訓にするか、なんだから」 ジェルブは、レッドと同じ事を言っていた。 今の負けが、明日の勝ちに繋がる。それは、今までレッドに何度も言われてきた事。 そのことに驚きながらも、イエローはジェルブに質問する事にした。 今日の試合に関する事を。 「・・・・・・・ジェルさん」 「ん?」 「ゴールドさんにどんな助言をしたんですか?」 その質問に対して、ジェルブは喋っていた口を閉じて、黙ってしまった。 イエローもそれ以上聞くようなことはせず、歩いている2人には、ただ沈黙だけが支配していた。 しかし、5分ほど歩いていると、ジェルブがいきなり口を開いた。 「俺は・・・・別にたいした助言はしてない。あいつには実力があるからな。俺は、その実力を出し切るために、ちょっと 背中を押しただけなんだ」 「そう・・・ですか」 それっきり、2人の間に会話は無かった。 イエローの日記・・ 6月10日 火曜日 晴れ なんだか、今日は書く気がしない・・・・どうしてもクラブの試合の負けが引きずっちゃてるみたい・・・・・・・・・・よし!な んとか頑張って書こう! 今日はあの人に会った。転入生としてね。街と公園で私を助けてくれた人。 名前はジェルブさん。変わった名前で、本人もそれを認めてるみたい。最初の自己紹介でも、「俺の事はジェルって 呼んでくれ」って言ってた。 う~ん、変わった人だなあ~ そして、そのジェルさんに学園内を案内したりした。色々な所を回ったけど、1番驚いたのは、グリーン先生がピアノを 弾いている所。 すっごく上手くて、思わずそこで立ち止まってしまった。あ~もう1度聞きたいなあ・・ で、クラブはトーナメント戦だった。 結果は・・・・・・決勝でゴールドさんに負けてしまった。 ゴールドさんはジェルさんに何かアドバイスを貰っていたみたいだけど、それだけで負けたとは思ってない。 たぶん、ゴールドさんも、どんどん強くなっていってるんだ。毎日、毎日努力して。 私も頑張らないといけない。レッド先生の期待に応えないと・・・・ 今日はもう寝ます。おやすみなさい。 明日もいい事がありますように。
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/27.html
第15話 合宿 ~初日~ いつものごとく、早朝の空気は昼間のじめじめしたものとは違って、すがすがしかった。太陽はほとんど昇っておら ず、時々吹いてくる風は朝の匂いを運んできてくれる。西の空には、まだうっすらと月が見えていた。 青い空に浮かぶ薄い月。夜に見える月とはまた違った風に感じる。 そんな残月を見ていたイエローは、少しだけ学園に向かう道を立ち止まり、思いっきり息を吸い込んで深呼吸をしてみ た。肺に冷たい空気が溜まっていくのを感じ、少し眠かった頭はすっきりと覚醒していく。 朝の5時半。 腕時計で時刻を確かめて、こんなに早く起きたのは久しぶりだな、と苦笑しながら思った。いつもなら、まだベッドの 中でぐっすりと眠っている時間だ。 自分が歩いているこの風景に、イエローは冒険心や好奇心のようなものを感じた。年に何度かという頻度で経験する ものには、誰だってこうなるものなのだろう。 そう考えて、右肩に吊り下げているボストンバッグを左肩に持ち替えてみた。重さから解放された右肩が少し痺れて いる。 物凄く膨れ上がっている荷物を見て、やっぱりいらないものを持って来すぎたかな?と、心持ち後悔してしまった。荷 物が足にこすれて痛いし、自分の体重の半分はあるのではないか?と思うほどの重さには、本当に困る。ボストンバ ッグ型のカバンならなお更だ。 だけど、それでも、とイエローは思った。 それでも、これから向かおうとしている、ポケバト部最大のイベント―――つまるところの合宿においては、毎年かな り必要なものが多くなってくる。4泊5日という長期間なせいでもあるが、やはり自分が部長というのも原因だろう。 イエローは、昨日聞いたばかりのレッドの言葉を思い出してみた。 『イエロー、お前は部長だから必要なものも多くなるけど、あんまり物は持ってこないようにな。今年は、前と違って、 ちょっとだけ山を登るから』 この言葉に最初は驚いた。いつもの合宿は、海沿いにあるスポーツ宿舎にて行っていた。夏休みの間なのに人があ まりいないその場所は、合宿に最適な所だった。 それなのに、今年は山? レッドの話によると、毎年使っているスポーツ宿舎が今年の夏に入って火事を起こし、今もその復興工事が行われて いる最中らしいのだ。そのため、その宿舎は使えず、急きょ場所を変更せざるをえなかったらしい。 イエローは、『夏休みの最中に宿舎がよく取れたなあ』と、その時は感心した。 これに関してはレッドも『この学園のポケバト部って言ったら、予約が取れたんだよなあ~』と不思議そうに言ってい た。ある山の近くにある旅館に電話し、この学園のポケバト部だと言ったら予約が取れた、とのことだ。本当に不思議 なことだった。 それはさておき、山に行くのだから必要なものも増えてくる、とイエローは思っていた。山は危険が多い。先月だっ て、どこどこの山でけが人が出たというニュースを聞いた。用意は万全にしなければならないだろう。 イエローはそう考え、色々なものを買い揃えた。山間部は少し肌寒いと思って長袖のTシャツを買い、夜に備えての 懐中電灯やマッチを揃え、身だしなみの用品から日常に必要なものまでありとあらゆるものを持ってきた。 しかし、それが間違いだと気が付いたのは、今このときだった。「遭難した時のため」などと思って寝袋まで持ってき てしまったのは、本当に間違いだった。他にも色々とカバンの中には入っている。明らかに許容量を越している荷物 は、非常に重い。 ――だけど、やっぱり備えあれば憂いなし、だし・・・―― イエローはそう自分に納得させ、あまりにも重いボストンバックを肩に下げながら、遠めに学園の校門を確認し始めて いた。 今回、イエロー達が向かうのは、ジョウト地方のある山だ。 本来なら、海で行うはずの合宿だが、「使用予定の宿舎が火事」というアクシデントにより山に変更されている。 この合宿の期間は、4泊5日とかなり長い。 これもまた、昨年の3泊4日から変更されたもので、理由はポケバト部の成績が例年に比べて異様にいいことだ。オ ーキド博士がそれを嬉しがり、特例として合宿期間を延長したのだ。 合宿の内容は、学校の練習の延長といってもいいかもしれない。普段どおりの練習を違う場所で行うという、普通の 合宿だ。もちろんある程度の効果はあるが、それだけでは合宿の意味が無い。 ある1つの特別な企画が、合宿に組み込まれている。 それは、付近の山に生息する野生ポケモンとの戦闘、というものだ。(昨年までは、海の野性ポケモンだった) 山に登り、野性ポケモンとの戦闘を経験することで、トレーナー・ポケモン共に心身を鍛え上げよう、というのが目的 だ。 部員達を各グループで山に登らせ、途中で出会ったポケモンを倒す、もしくは捕獲する。 もちろん、危険が無いように部員全員にはポケギアを携帯させ、教師達も山を巡回することになっている。山中は電 波が届くので、電話も使う事が出来る。 この企画では、捕まえたポケモンの数が競われる。そして、終わった後は、生態系を激しく崩さないよう、捕まえたポ ケモンは山に返されている。 こんな企画が、毎年の合宿の中で用意されていた。 イエローが1年の時、この企画の1番はクリスだった。 その時のクリスは、さすが捕獲のスペシャリストとでもいうべき活躍だった。2年生や3年生などまったく寄せ付けず、 ほとんど独走状態で優勝したのだ。 そして、2年生の時は、イエローとクリスが同数の1位。 この結果は、他の部員達にとっても驚くべき事だった。クリスに対抗できる人物がポケバト部にいるとは、まったく考 えもしなかったのだ。 そして、今年もこの企画が開かれ、イエローもクリスも参加する。 どういう結果になるか。 これは、部員達にとっては楽しみな事の1つだった。 この企画は、5日間ある日程の中で3日目と4日目に行われる――― 学園前・・ 「よ~し、そろそろ、バスに乗ろうか」 校門の前で待機している2台の大きなバスの傍で、レッドはざわついている部員達を集め始めた。それぞれの部員 達に、「バスに乗れよ~」と指示を出している。それに従い、2台のバスでは入りきらないと思われるほどの部員達 が、それぞれのバスに向かっていった。 イエローもまた、その人の波に乗ってバスの中に入っていった。バスの大きさは、普通の観光バスよりは少し大きめ だ。ポケバト部の部員が多いから、というのも原因の1つだが、これほどのバスを借りるお金を学校が出してくれた事 も見逃してはならない。例年に比べて、特に成績のいいポケバト部を喜ばしく思い、オーキド博士が捻出してくれたお 金が、こんな所にも使われているのだ。 それに少し驚きつつ、一方ではうれしいなあ、と思いながら、イエローはバスの中に入り、後ろから3番目の席に座っ た。座るべき席は前々から決まっており、イエローの隣はクリスだ。彼女はすでに座っていて、こちらを見ると「イエロ ーさん、おはようございます」と挨拶をした。 イエローは「はい、おはようございます」とそこそこに挨拶を返し、座席にもたれかかった。 椅子に座るやいなや、重い荷物を持って歩いてきた疲れが、津波のように身体からでてきた。やはりあれほどの荷 物を持ってい来るのはやめるべきだった。身体はだるいし、眠気も再発しそうだ。 だけど、と思いつつ、イエローはなんとか眠らないように努めた。これから、やるべきことがあるのだ。 身体中から出てくる眠気を押さえ込み、イエローは席から立ち上がった。来るべき人物が全て来ているかを確認し て、先生に報告しないといけないのだ。これは部長である自分の仕事。絶対にやらなくてはならない。 席と席との間をぬうように部員達を確認して行く。 すると、ジェルブだけが来ていないのに気が付いた。 遅刻だろうか?それとも風邪? しかし、ジェルブは数日前から、こちらが驚くほどこの合宿を楽しみにしていた。合宿なんてものは初めてだ、と言って いた。クラブに入っていなかったら、合宿なんて経験しないだろうし、初めてなら合宿は面白いものだと思うのだろう。 だから、ジェルブが来ないと言うのは考えにくい。あれほど楽しみにしていたのだから、もし風邪を引いてしまったとし ても、おそらく地面を這ってでも繰るに違いない。それほど、彼の様子は楽しそうだったのだ。 イエローは、遅れただけかな?と思いながら、もう1度、バスの中を見回してみた。 すると、ちょうど遅れて入ってきた人物が目に入った。 その人物はバスに入ると、すぐに自分の前の席に座った。 その人物は、長く黒い髪の毛に、少し高い背。イエローはその人物を見てほっとした。ジェルブだったのだ。 「よ、イエロー」 「ジェルさん、おはようございます」 「ああ、おはようさん・・・・・・やっぱり敬語になってるな」 「これはもう、癖ですから・・・」 ジェルブは席に座るなり、すぐさま後ろを向いて、話し掛けてきた。朝なのにまったく眠気を感じさせないその雰囲気 は、イエローにとってはうらやましい、という一言に尽きる。 話している間にレッドは外の点呼を終えたらしく、バスの中に入ってきた。 「お~い、イエロー、みんな居るな?」 「あ、はい!全員居ます」 答えると、レッドは最後にバスの中を一回り確認し、「よし」と呟いた。そして、バスの運転手に耳打ちし、そのまま自 分の席に戻っていく。おそらく、運転手には出発するように言ったのだろう。 イエローは、前の席に座っている先生たちを見てみた。 このバスに乗っている先生は、レッドとグリーンの2人だけだ。もう1つのバスには、ブルーとナナミが乗っている。 今回の合宿に来る先生は、この4人だけ。 4人だけ、といっても、去年まではナナミは来ていなかった。部員も今ほど多くなかったので、レッド達3人だけで用が 済んでいたのだ。 しかし、今回はナナミ本人の強い希望と、4泊という長期間の合宿という2つが理由になり、例外的にナナミがついて くることが認められた、とのことだった。 校門から出発したバスは段々とスピードを増していき、目的地に向かおうと走っていた。これから3時間弱、バスに揺 られていなければならず、車酔いのしやすい人なら絶対に気分を悪くしてしまうだろう。さらには、去年と違って目的 地は山なので、山道を走っていくに違いない。山道は、車酔いをしやすい人にとって禁断の場所だ。 しかし、自分はそれほど車に弱いというわけでもない。というより、酔ったこと自体がない。バランス感覚がいいのか、 それともただ鈍感なだけなのか・・・・・とにかく、車酔いのことを気にするような人間ではなかった。 とりあえず眠ってしまおうと考えたイエローは、椅子を少しだけ傾け、目を閉じた。 「お~い、イエロー・・・・・・って、寝てるし・・・」 ジェルブの声が聞こえたが、それを聞いた時、イエローはすでに眠りの体勢に入っていた。彼の話が気になったもの の、もう自力で目をあける事さえもできないイエローは、そのまま眠りの世界へと突入していった・・・ それほど長い旅でもなかったが、それでもバスというものが退屈な事は変わらない。ただバスに揺られている時間と 言うのは、本当に退屈だ。気を紛らわせるために読書などの色々な方法を試してみたが、どれも不発に終わってい る。 後ろの方では、部員達がトランプでゲームをしているらしく、時々に「ま、負けた~!」とかいう声が聞こえていた。眠 っているものが飛び起きるような大声がバスに響き渡っている。通常ならうるさいと感じるだろう。 しかし、それに関して別段注意する必要も無いと思ったグリーンは、心持ち椅子を傾けて、目を閉じた。ハイテンショ ンになっている部員達を、わざわざ叱る必要もないし、今は授業の時間でもないのだから、そんなことは必要ないだ ろう。だいたい、あれほどの大声はライバルの声で聞きなれていた。 それよりも、今は眠りに入って暇な時間を潰すことの方が大事だった。3時間弱のバス旅は、本当に退屈なのだ。 グリーンは目を瞑り、なんとか眠りの世界へと逃げ込もうとする。 しかし、毎日規則正しい生活を送っている自分の身体は、まったく睡眠を欲しようとしなかった。こういうとき、秩序立 てられている自分の身体がうらめしい。 はあ、とため息をつきながら、グリーンは再び目を開けてみた。すると、隣で大いびきをかいて寝ているライバルが目 に入った。 眠れないのはこいつのいびきのせいでもあるな、と口を大きく開けているレッドを見て、グリーンは、一瞬口を塞いで やろうか、という衝動にかられた。レッドのいびきは本当にうるさい。部員達が出す声の何十倍の声量にも思われる。 しかし、手を伸ばしかけたところで、グリーンはそれをやめた。 そんなことをしても意味が無かった。彼の口をふさいでも、自分が眠れるとは思わない。 グリーンは自分がしようとした行動を恥じた。いつもの自分なら考えもしない悪戯。暇な時間が、自分をそうさせたの だろうか・・・・ そう思いながら、グリーンは、ざわついているであろう生徒達を振り返って眺めてみる事にした。 ひと通り見回してみて、グリーンはある1点に目を止めた。先ほどから大きな声が聞こえていた、トランプ集団がいる 場所だ。後ろの方の座席で、何人も集まってトランプをやっている。その近くにイエローが眠っていたが、彼女はその 声にまったく反応していなかった。 トランプ集団は、トランプを何セットも合わせて大人数でゲームをしている。手の動きから見て、おそらく大富豪と見ら れた。真剣な顔のシルバーが、ゴールドとカードの駆け引きをしている様子が目に入った。 そこまで眺めると、グリーンは本でも読むか、と思って身体を動かそうとした。 と、その時、イエローの前の席で、1人黙々と何かの作業をしている人物――ジェルブが目に入った。 てっきりトランプの軍団に加わっていると思っていたが、ジェルブの手はトランプを持っておらず、代わりに細かい作業 をしているように見られた。 グリーンは、少し身を乗り出して、その手元を見てみた。すると、ジェルブの手元に、ばらばらに分解されて、所々に パーツが抜けているポケギアがあるのが見えた。 ――何をしている?―― 目を凝らして見てみると、ジェルブは、ポケギアの画面や内部に、何かの細工を施しているようだった。詳しくは分か らない。自分の席からでは、あまりにも遠すぎた。 しばらく眺めていると、せわしなく動いていたジェルブの手が止まり、途端にこちらを向いた。 どうやら、自分が見ていたことに気付いたようだ。 細かい作業をしていて、真剣な表情になっていたジェルブの顔が、こちらを見た途端、含みがあるような感じで笑っ た。まるで、自分の作業を自慢しているような表情だと、グリーンは感じた。 少し癇に障り、グリーンは今度こそジェルブから完全に目をそらして、前を向いた。ああいう含み笑いは、あの女のも のだけで充分だ。 バスに備え付けられている時計を見てみると、先程よりあまり時間が進んでおらず、グリーンは人知れず溜息をつく。 やはり退屈だ、と思う。宿舎についてからが忙しいのだが、バスの移動中というのは本当に暇だ。 そうだ、とグリーンは思いついた。暇つぶしに、あのジェルブの作業についてでも考えてみるか。 グリーンは目を閉じて、物思いに入り始めた。 近くまで行って見てみないと詳しい事は分からないが、今分かる事は、あんな作業は学生ごときができるはずが無 い、ということだった。 ポケギア、というのは、電話やラジオと違って、非常にデリケートなものなのだ。ちょっとしたパーツが無くなるだけで、 全体が機能不全になってしまうことも、十分ある。 それを扱うのにも、そうとうの技術が必要なわけであって、自分が知る限りでも、ポケギアをちゃんとメンテナンスでき る人物は祖父であるオーキド博士しかいない。 しかし、ジェルブは手際よく『改造』のようなものを行っていた。メンテナンスではなく『改造』を。(メンテナンスでは、パ ーツを抜いてしまう事は、ほとんど無い) 学生が、興味本位で出来るものではない。 グリーンは、つくづくジェルブは変な奴だ、と思った。 おそらく暇つぶしにポケギアを分解しているのだろうが、こんなバスの中でそんなことをするなんて変すぎる。 思い返してみると、ジェルブという人物は、何かしら謎が多い。 最初に変だと思ったのは、やはり5月のGWだ。赤髪の変な人物からイエローを助けた時。絡まれていたイエローを、 自分とジェルブが助けた。 あの時のジェルブは、学生服を着ているのに学生とはまったく違っていた。朗らかな雰囲気と明るい口調とは裏腹 に、相手を威圧するような気配を見せていた。「何か変なまねをすれば、どうなるか知らないぞ」という意志が、ありあ りに感じられたのだ。自分でさえ、その雰囲気に押されてしまいそうだった。 そして、変な男が去った後、ジェルブはイエローと話をした。そのときには、その威圧感は消え失せ、明るい雰囲気だ けが残ったのだ。 そして、次に変だと思ったのは、ジェルブがこの学校に転入してきた日。レッドから彼の資料を見せて貰った時だ。 その履歴書に書いてある、住所、保護者、その他もろもろ。 ほとんどの事項は、まったく変でもなんでもなかった。普通の学生、といった感じだ。 ただ「経歴」の欄を除いては。 「経歴」の欄は、転入者がこれまで、どのような学校に居たか、というようなことが書かれている。転校してきたのな ら、以前の学校を書かなくてはならない。2回転入したなら、2つの学校を書く、という風にだ。 そして、ジェルブの場合・・・・そこに書かれている学校の数が、あまりにも多かったのだ。 尋常な多さではなかった。総勢40を越えるのではないかと思うほどのそれは、月に1回転校しなければならないくら いの数だ。初めて資料を見た時は、思わず手からそれを落としてしまいそうだった。 父親が「サラリーマン」、母親が「看護婦」で、2人共外国で働いているために一人暮らし。だから気まぐれで学校を変 えている、と資料にジェルブの自筆で書かれていたが、それにしても転校の数が多い。 何か重大な問題でも起こして、退学処分にでもなっているのだろうか?そうとしか考えられないのだ。ここまでの数 は。 しかし、ジェルブは、グリーンの目から見ても、学校に重大問題を起こすような人物には思えなかった。普通の高校生 で、何も不審なところが見つからないのだ。 一体、何のために転校を繰り返しているのか。 ただの気まぐれなら、まあ、いいが・・・・ 「グリーン!」 いきなり隣から自分の名前を聞こえたので、グリーンはいっきに物思いから引き離された。 何事か、と思って横を向いてみると、そこには、まだ盛大ないびきをかいているレッドがいた。起きている様子もない。 どうやら・・・・ ――ただの寝言か・・・―― 考え事をしているのにこいつは、と思ったグリーンは、やはり口を塞いでやろう、とタオルでレッドの口を覆ってみた。 口を鼻を覆って、息をできないようにする。 しかし覆われた本人は、一瞬苦しそうな表情をしたかと思うと、タオルがかけられたままなのに、またいびきをかき始 めていた。 ここまで眠る事ができるライバルに呆れ果てて、グリーンはタオルを口から引き離した。 「ハハハ」 「な、そうだろ?」 とそこで、聞き知った声が後ろから聞こえ、グリーンは声がした方を振り返ってみた。 そこには、眠りから覚めたばかりというようなイエローと、彼女と楽しそうに話しているジェルブがいた。ジェルブが前 のほうから乗り出し、イエローと向かい合って喋っている。先ほどの作業は終わったのだろうか? その2人の様子をしばらく眺めていると、グリーンはふと感じた。ジェルブは、やはりイエローと似ている、と。 顔の大きさから鼻の形まで。 寸分と違わぬ所が無いのだ。例外として、髪と瞳の色があるが、それでも似ていることには変わりない。 もう慣れてきたものの、最初に見た時は、ここまで似ていると気味が悪くなりそうだ、と感じた。まるで、2人の人物が そこにいるようなのだ。 自分と似ている人物は世界に3人いる、とよく言うが、これもその言葉が示している通りなのだろうか? それとも・・・ 「ふう・・・」 グリーンは溜息を吐いた。 どう考えてもしょうがない。奴に関する情報が無さ過ぎるし、調べるにしても、なぜ担任でもないのにそんなことをす る?という疑問が湧いてくる。 だが、そんな思いと相まって、何かが気になっていた。 ジェルブには何かある、と・・・ そこまで考えて、グリーンは時刻を確認してみた。すると、なんとジェルブのことを考え始めてから30分も経ってい た。 いつの間にかレッドのいびきも消えていて、トランプをしていた連中も、今では疲れたのか、各自、思い思いの事をし ている。バスの中は、先ほどとは違ってまったく静かになっていた。 ――考え事をしすぎたらしいな・・・―― ジェルブのことで思っていたよりも頭を使ってしまったらしく、頭が重くなってきた。脳が眠りを欲している。 グリーンは、今なら眠れそうだと思い、目を瞑った。 まだ、目にはそっくりすぎるイエローとジェルブの顔が焼きついていたが、無理矢理それを振り払い、バスの揺れとと もに意識を眠りへと引き込んでいった。 「着いたぞ~!」 突然レッドの声がバスの中に響き渡った。どうやら目的地に着いたらしい。 部員達が一斉に荷物を棚から取り出した。今までトランプを広げていたものはすぐにそれを直し、お菓子の袋を開けよ うとした人は開けかけの袋をカバンに直している。みんな、急いでバスから降りる準備を行っていた。 「うえ~・・」 「ゴールドさん・・・・大丈夫ですか?」 「あ~・・結構やばめ・・・」 イエローはゴールドの背中をさすりながら、荷物を背中に背負った。後ろの席に座っていたゴールドは、かなり顔色が 悪い。 彼は、走行中、いつの間にかバスに酔っていたのだ。 バスがまだ道を走っていた頃、クリス、ジェルブと一緒に喋っていると、ゴールドがまったく喋らないのに気が付いた。 いつもならうるさいぐらいに声を張り上げ、話途中でも割り込んでくるぐらいなのに、急におとなしくなったのだ。 それを心配したクリスが、ゴールドに尋ねてみると、彼はただ首を横に振るだけ。「酔ったの?」とクリスが聞くと、すぐ に頷いた。どうやら喋れないほどにバスに酔ってしまったらしいのだ。その時は、ちょうど山道に差し掛かっていたの で、それが原因と思われた。 そして、現在、目的地に着いた今でも、ゴールドの様子は変わらなかった。喋れるまでには回復したものの、顔色は いっこうによくならない。背中をさすっていないと吐きそう様子だった。 「うえ~・・・」 「ゴールド・・・吐かないでよ・・」 ふらふらのゴールドを、クリスが支えて連れて行く。2人は、何か色々と喋りながら、バスの出口へと向かっていっ た。クリスが「バスに酔うなんて、本当にバカね~」と言い、ゴールドは「うるせえ~・・・」とか細い声で答えた。 悪態をついているクリスだが、なんだかんだいってゴールドを介抱している。結局、クリスは優しいのだ。 ゴールドの荷物を片手に持ちながら、イエローはそう思っていた。 ※ ゴールドとクリスに続いてバスを降り、バスガイドや運転手から、預けていた荷物を受け取る。部員達は、それぞれ大 きな荷物を持ち、出発を待った。 「それじゃ、こっから歩きだから、しっかりついてこいよ~」 レッドの合図ともに、ポケバト部一行は一斉に歩き始めた。先頭には、レッドとイエローが地図を確認しながら並んで 歩いていて、1番後ろの方に、まだふらつき気味のゴールドと、彼を介抱している保険医のナナミとクリスの姿があっ た。 先頭からみんなを眺めてみると、イエローはちょっとしたことに気が付いた。 みんな、物凄く楽しそうな顔をしているのだ。いや、正確に言えば、これからの合宿を楽しみにしている顔、だ。 合宿というのは、本当に楽しみなものなのだ。いつもと違う場所で、いつもと少し違う練習をする。たったそれだけのこ となのだが、部員達にとっては本当に楽しみな事。これから始まるであろう厳しい特訓も、今だけは忘れられる。 イエローは、そんな仲間達の様子を嬉しく思いながら、舗装されている道路を歩き続けた。 「もうちょいだな」 地図片手に、レッドが言った。 青空が広がり、左右は緑が生い茂っている道を5分ほど歩いた。レッドによると、今回泊まる旅館は山のふもと付近 にあるところで、近くに大きな練習場(草原と砂地が広がる場所)があるらしい。 ふと、部員の1人が「あれじゃないですか!?」と大声で言った。その部員の示す方向を見てみると、確かに、旅館ら しき建物が見ることができる。今日から5日間止まる事になる場所だ。 やっと、ついた~、と、後ろの方からいくつかの声が聞こえる。イエローも、この巨大な荷物を持たなくて済む、と思う と、なんだか気が楽になってきた。 歩いていると、どんどんと旅館の全景が見えてくる。 そして・・・イエロー達は絶句した。 建物が・・・すごい。 白色で埋め尽くされている外観は、1日に3回は掃除をしているのでは?と考えそうなくらいに綺麗で、広い敷地には 一面に芝生が敷かれている。 しかも、駐車場は広く、そこに止まっている車も、ひと目で高級だと分かりそうなものだった。 そんな3階建ての建物は、およそ合宿で使うような所ではなく、イエロー達部員は本当にここ?というような顔をして いて、1番前に居たレッドの顔をうかがう。しかし、彼もまた困惑な表情を浮かべていた。 もちろん、イエローも、この豪勢な旅館に疑問を抱いていた。 「レッド先生・・・・本当にここですか?」 「いや、その・・・・・たぶん・・・」 レッドもなんだか自信が無いらしく、戸惑いの表情を隠せないでいた。 とりあえず中に入ってみよう、という意見が出て、一行はおそるおそる自動ドアの口から中へと入っていった。旅館の 外から中へと、赤いじゅうたんが敷き詰められている。それもまた、何度洗濯しているんだろう?と思うほどにきれい だった。 「うっわあ・・」 一同、溜息をついた。 本当にここが、今回の合宿で使う場所なのだろうか? 自動ドアから中へ、そしてロビーに入ると、その高級さはあまりにも眩しすぎた。きらびやかな装飾と、ところどころに ある絵画と彫刻、そして、アンティークに近い椅子と机。見渡す限り、その高級感が表れていた。 「フロントに行ってみるから、ここで待っててくれ」 レッドが、フロントに確認を取りに向かった。確かに、こんなところに泊まるなんて考えられない。確認をした方がいい だろう。 レッドがフロントの人としゃべっているのを見つつ、イエローは周りを見渡してみた。 こんな所、今まで来た事も無かった。好奇心が沸いてきそうだった。 「・・・・・しかし・・社長が・・・」 ふと、近くの階段から、誰かの声が聞こえて、イエローはその声を注意して聞いてみた。 「しかし、若。よいのでしょうか・・無断でこの旅館にお泊めしたりして・・」 「女将・・・・・良いも何も無い。俺がよく知っている奴が、その部に入っているからだ。もうすぐ来るだろうから、丁重に もてなしてやってくれ。」 「分かりました・・・」 なにやら男の人が、女将と思われる女性と喋っているらしい。口調や、女性との話の内容から、男の人は、この旅館 を所有している人物の息子みたいな人だろうか? そう考えていると、階段から、まず綺麗な赤い着物を着ている女将のような人が出てきた。こちらを見つけると、すぐさ ま、「ようこそいらっしゃいました。ポケモンバトル部ご一行様ですね。」と言って、近づいてきた。 イエローは、やはりこの旅館に泊まる事になっているのか、と、他人事のようにその言葉を聞いていた。 しかし、次に階段から姿を見せた、若と思われる人物を見た時、イエローは肩にかけていた荷物を落とし、絶句した。 その人物は・・・ 「ワ、ワタルさん!!」 「イエロー・・・・もう来ていたのか。早かったな」 若と呼ばれていた人物は、あの四天王学園ポケバト部部長、そして、イエローが苦手としているワタル、だった。 「ワタルさんが、この旅館のオーナーの息子?」 「ああ、そうみたいだぜ?女将さんに聞いてみたら、そう言ってたからな」 練習も一段落がつき、部員全員が一時の休息を取っている間、イエローは、ゴールドやクリス、シルバーと一緒に 色々と話していた。 内容は、ワタルに関する事。 驚いた事に、ワタルはこの旅館のオーナーの息子だったのだ。 どうりで従業員の人に『若』って呼ばれてるだけの事はあるなあ、とイエローは思った。数十分前、自分とレッド、そし てグリーン、ブルーに対して、ワタルはこの旅館の詳細を教えてくれた。(主に、食事をする場所や大浴場、他にもい ろいろな注意事項について) 旅館をひと通り回りながら、それを行っていたのだが・・・・・時々に、従業員と見られる人物とすれ違う時、いつもその 人はワタルに頭を下げるか、『お疲れ様です、若』といっていたのだ。イエローはそれが本当に不思議でたまらなかっ た。 しかし、ゴールドが行っている事が本当なら、納得がいく。ワタルがこのオーナーの息子・・・考えもしなかったことだっ た。 「・・・ワタルは社長息子ということか?」 シルバーが、呟くように言った。シルバーの言うとおり、この旅館のオーナーは、相当な大会社の社長らしい。だか ら、客もそれに相応するような人物ばかりらしいのだが・・・ここは合宿に使うような場所では、絶対にないだろう。 それはさておき、オーナーが大会社の社長なら、ワタルは社長息子となる。そうだとすると、今まで金持ちだと思って いたワタルだが、その認識はより『凄い人』と改める事になるのだった。 ゴールドが、シルバーの問いに答えた。 「ああ、俺もそれを女将さんに聞いたんだけどよ・・・・・女将さんは、『それは秘密です』なんて言って、笑うだけだった んだよなあ。あの女将さんはガードが固い!」 ゴールドが悔しそうに言っていると、クリスが「あなた・・・もしかして、電話番号なんて聞いてないでしょうね?」と、と げがついた声で尋ねた。クリスが言うのも最もだろう。『ガードが固い』なんて言葉は、ただワタルのことを尋ねたにし ては・・・・少し変だ。 そして、予想通りに、ゴールドは慌て始めた。 「い、いや、そんなことはしてねえよ・・・」 「じゃあ、どうして目をそらすのかなあ?ゴールド君?」 クリスが変に丁寧な口調で話す。表情は満面の笑み・・・・というより、怒りの笑みに近い。口の端がピクピクと動いて いる。 その笑顔を見て、顔を引きつらせるゴールド。 「・・・・・じ、じゃ!俺は練習するんで!」 そう言って、クリスから逃げるように、物凄いスピードで走って行った。 その後ろを「こら!待ちなさい!どうしてそんな迷惑かけることをするの!?」と叫びながら、クリスが追いかけていく。 彼女の手には、いつの間にかモンスターボールも握られており、それを前に放り投げると、彼女の持ちポケモン『ウィ ンディ』が姿を現した。 「ウィンぴょん!『しんそく』!」 「おい!それは反則だっつーの!」 「関係ない!」 『しんそく』を使ったウィンディから、ゴールドは練習場の周りをグルグルと走って逃げていく・・・・・というより、ゴールド の素早さが凄いな、とイエローは思った。 彼らの様子をしばらく眺めていると、横にジェルブが近寄ってきた。 「・・・・・あいつらって・・・仲がいいのか悪いのか・・・」 「分かりませんね・・・」 ジェルブとイエローは、そう呟きながら、未だに走り回っているゴールドとクリスを眺めているのだった。 その話を聞いた時は、本当に驚いた。まさか、イエローが所属しているポケバト部の顧問のレッドから、「合宿に、そ ちらの旅館を使いたいんですけど・・・」という電話がかかってくるとは・・・ ワタルはそう思いながら、旅館のオーナー室で一息をついていた。 このオーナー室は、現在はワタルが使っているものだった。通常はあまり広くないオーナー室も、ジョウト地方の中で も有数の大きさを持つこの旅館では、必然、有り余るほどに広くなっている。 そんな部屋の一角に備え付けられている机の椅子に座りつつ、ワタルは水だけが入っているペットボトルに手をかけ た。 同じく、引き出しからコップを取り出し、ペットボトルの水をそこに入れる。 「変なめぐり合わせだな・・」 コップに入れた水を一気に飲み干すと、ワタルはそんな言葉を呟いた。 実際、偶然としか言いようが無かった。 イエロー達は、合宿で使うはずだったスポーツ宿舎が火事になり、急きょ、他の旅館を探さなければならなかったらし い。だが、この夏休みの中で空いているような所はないだろう。いくつもの宿舎に電話したに違いない。 そして・・・・この旅館にも、予約の電話をしてきたのだ。 その時、ちょうど自分はこの旅館の手伝いにやってきていた。この旅館のオーナーの息子――正確には養子だが― ―なので、半ば無理やりにやらされていたのだが・・・今は、それでよかったと思っている。 ポケバト部の顧問――レッドが、この旅館に電話してきた時、偶然にも自分がその電話を受け取ったのだ。 最初は、断ろうと思った。夏休みで部屋も一杯になっている時期、部活の合宿が入れるような余裕はなかったのだ。 相手は、もういくつも断られたのか暗い声をしていたが、こちらも断るしかないと思っていた。 しかし、その電話が、イエローが通う学園――つまりレッドからのものだと分かると、ワタルはすぐにOKを出した。イエ ローの学園のポケバト部なら、話は別だ。OKを出さなければならない理由があった。いや、理性がそう命じたとも言っ てもいい。 そして、こちらがOKの言葉を出すと、レッドはこちらの旅館の詳細も、自分が誰なのかもまったく知らないまま電話を 切ってしまったのだ。住所は知っているだろうから、ここにこれない事はないだろうが・・・・相変わらず、慌てものの顧 問だと思った。 ――しかし、だ。―― そこまで前日のことを回想し、ワタルは溜息をついた。 やはり、夏休みに入ったこの時機、客も多くなって、部屋も足りない時に、勝手に予約を取ったのは、まずかっただろ うか? いや、まずいに違いない。 そう思い、あとで怒られるであろう旅館のオーナー――義父の顔を思い浮かべてみた。 5年前に出会って以来、自分に対して、優しくもしてくれた反面、厳しい時にはとことん厳しい偽りの父・・・・おそらく、 この件に関しても、「何を勝手な事をしている!」と言って、雷を落としてくるだろう。もしかしたら拳骨も喰らうかもしれ ない。 自分が殴られる姿を想像し、ワタルは一瞬後悔した。 だが、それも一瞬のことで、その後はしょうがない、という思いだけが残っていた。 自分が手助けしてやりたいと思ってしまったのだから、と。 ――まったく・・・・・―― ワタルは窓の傍に寄っていった。人の身長ほどの大きさがある窓からは、外の風景がよく見える。遠くには山が、近 くには駐車場が、そして、イエロー達の練習場もまた、ここから見ることが出来た。 ワタルは目をこらし、その練習風景を目に入れた。ここからならよく見える。ひとりひとりがなにをしているかまで分か るほどだ。 現在、イエロー達は、荷物を旅館の各部屋に置いて、近くの練習場のような場所でトレーニングに励んでいる。 練習場には、イエローを含め、レギュラーたちが練習試合をしているう風景があった。1対1に別れ、それぞれ1匹ずつ ポケモンを出し、軽い試合を行っている。その中には、イエローとジェルブが戦っている姿もあった。 それらを近くで見たいな、とワタルは思った。しかし、実際に1度、覗きに行ってみたのだが、練習場に入る直前にな っていきなり、頭がバクハツしている人物――ゴールドだっただろうか?――に、「あ!あんたは見るな!」とか言わ れて、追い出されてしまったのだ。 最初は無理やりにでも見ようかと思った。だが、それもなんだかそれも変だ、と感じ、さらには溜まっている仕事ある のも思い出し、渋々とこのオーナー室まで戻ってきたのだ。 ワタルは窓からの景色を眺めつつ、1つ、大きなため息をついた。これから行わなければならない仕事がうんざりす る、というのも1つの理由だ。 だが、それ以上に、 ――・・・・まったく・・世話を焼かせる・・―― イエロー達が世話がかかるとは・・・思っても見なかったことだった。イエローと彼がいなければ、どうなっているか分 からない。 そう思ったワタルは、もう一度深いため息をつき、窓から目を離した。そして振り返り、机の上の嫌になるほど多い書 類に目をやると、みたびため息をつき、椅子に座ってそれに目を通し始めたのだった。 イエローの日記・・ 合宿初日が終わりました・・・あ~結構疲れたなあ・・ 本当なら、この日記も持ってこないはずだったけど、やっぱり毎日の習慣って、変えられないねえ・・結局持ってきてし まいました。 今、隣でゴールドさんやクリスさん、シルバーさん、他にも多数の人が、トランプをやっています。 ワタルさんが、この旅館のオーナーの息子だなんて・・・・・しかも、ワタルさんの話によると、この旅館はお義父さんが 持っているもののひとつに過ぎないんだって!すっごいお金持ちなんだなあ。(前に、私を四天王学園に引き込もうと していた時、色々とお金がかかるような邪魔をしてきたけど・・・それくらいのお金を持っているんだ、って今更に納得 してしまった) 今日の練習は、主に基本のトレーニングと練習試合だけだった。私は、ジェルさんと試合をしたんだけど・・・・強いよ う、ジェルさんって・・・・・ちょっと、負けちゃいそうだったよ。(試合の結果は、時間切れで引き分けだった) あ~、疲れたなあ・・ それでは、なんだか、ゴールドさんが呼ぶ声が聞こえるので、そろそろ書くのも止めようかな? では、 明日もいい事がありますように。 ちょっとした、おまけらしき物。 旅館の部屋・・ 「おらおら~!」 「きゃあ~!ゴールド!止めてよ!」 今、クリスとゴールドの声が響いた部屋の中は、人でごった返していた。 ゴールド、クリスに、シルバー、アカネ、レッド、グリーン、ブルー、そしてジェルブ。 自分を含めて、総勢9名だ。 1部屋にこんなに集まっていたら、狭くてしょうがない。 「グリーン・・・・・覚悟しなさい・・」 「ブルー・・・・・・・・俺に勝つのは、まだ早いさ」 なんだか、グリーンとブルーは、不穏な空気を周りに振りまいている。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 ジェルブとシルバーは、無言の駆け引きの途中で、 「あ~レッド先生、ずるいで!」 「へ、へ~♪勝ったもん勝ち♪」 レッドは楽しそうに、アカネは悔しそうに声を上げていた。 そして、 「はあ・・・・」 イエローは溜息をついた。 練習が終わってからの、2人組みでのポーカーの大会・・・・・ 消灯時間はとっくに過ぎていて、イエロー自身もかなり眠いのに、この大会は、まったく終わる気配がなさそうだっ た。 「よっしゃ~!次は何か賭けようぜ!」 ゴールドがまた、とんでもない事を言っている。 先生がいるんだから、そんなことできるわけ・・ 「いいねえ~ゴールド。よっし、やろう!」(レッド) ――え?―― 「・・・・・・ふ、俺は賭けが入っても負け」(グリーン) ――え!?―― 「グリーン・・・・・そう言って、さっき負けたのは誰かしら?ま、楽しそうだから、早くやりましょうか」(ブルー) ――ええ!?―― 顔を赤くしてゴールドの意見に賛成している先生陣を見て、一瞬、呆然とした。 と、 ――ん?顔が赤い?―― イエローはちょっとしたことに気が付いた。顔が赤いということは・・ そして、イエローが見たのは、部屋の隅に置かれている缶ビール・・・ ――まさか、先生達、酔ってる?―― そう推論し、グリーンさえも、賭け事に乗っているのだから、きっとそうなのだろうと確信した。 しかし一体、誰がこんな所に缶ビールを持って来たのか?(おそらくブルーだろう) 何故、グリーンやレッドが、それを飲んでしまったのか?(これもブルーの策略だろう) それに、3人がこの部屋にばかりに居るので、もう一人の先生・・ナナミは、不思議に思わないのだろうか? (これもブルーが何かしたような気がする・・) しかしイエローにとってはこんな問いなど関係なく、疲れていて眠いのに、布団さえ引かせてもらえないことに、愕然 としてしまった。 ――早く寝たいよ~!!―― 彼女のこの思いは、午前3時になってようやく叶えられる事になるのだった・・
https://w.atwiki.jp/4423/pages/3066.html
上部タグ未削除 編集する。 2024-09-02 08 48 46 (Mon) - ページ保管庫とは、ページの保管庫。 ページ一覧 ページ保管庫DATA 動画4423情報システムwikiおすすめ動画MAD 角川公認MAD ニコニコ動画 リンク内部リンク 外部リンク 討論用 情報収集 編集者用ミニ編集参加(文の提供・嘘・誤字等) 出典、参考 + まだ分類されてないもの 君が主で執事が俺で 撲殺天使ドクロちゃん レンタルマギカ うえきの法則 英國戀物語エマ 機動戦士ガンダム のだめカンタービレ ひだまりスケッチ 魔法先生ネギま! ふしぎの海のナディア 学園アリス カードキャプターさくら テレパシー少女蘭 沈黙の艦隊 ジパング 太陽の黙示録 秒速5センチメートル ほしのこえ 雲のむこう、約束の場所 もっけ ぼくらの ブラックジャック いぬかみっ! 神様家族 結界師 School Days しゅごキャラ! レンタルマギカ アリソンとリリア セキレイ]],[[,[[]], 喰霊―零― 夜桜四重奏 〜ヨザクラカルテット〜 アキカン! 宇宙をかける少女 ドルアーガの塔 〜the Sword of URUK〜 神曲奏界ポリフォニカ シャングリ・ラ 咲 -Saki- 鋼の錬金術師 ハヤテのごとく! うみねこのなく頃に 生徒会の一存 電波的な彼女 あかね色に染まる坂 AIR treemenu(none,title= ,涼宮ハルヒの憂鬱,新世紀ヱヴァンゲリヲン,電脳コイル,らき★すた,ひぐらしのなく頃に,灼眼のシャナ,みなみけ,もやしもん,黒執事,ヒャッコ,ゼロの使い魔,とらドラ!,今日の5の2,灰羽連盟,キノの旅,攻殻機動隊,CLANNAD) ■ ├ 我が家のお稲荷さま。 ├ 狼と香辛料 ├ かみちゅ! ├ かのこん ├ 図書館戦争 ├ 乃木坂春香の秘密 ├ とある魔術の禁書目録 ├ マクロスF ├ BLEACH ├ 隠の王 ├ ヒロイック・エイジ ├ H2O -FOOTPRINTS IN THE SAND- ├ D.C. 〜ダ・カーポ〜 ├ ご愁傷さま二ノ宮くん ├ かんなぎ ├ 魔法少女リリカルなのは ├ 家庭教師ヒットマンREBORN! ├ コードギアス 反逆のルルーシュ └ けいおん! 動画 4423情報システムwikiおすすめ動画MAD 4423情報システムwikiおすすめ動画MADとは 4423情報システムwikiおすすめ動画MAD1 4423情報システムwikiおすすめ動画MAD2 4423情報システムwikiおすすめ動画MAD3 4423情報システムwikiおすすめ動画MAD4 角川公認MAD YouTube角川公認MAD1 YouTube角川公認MAD2 ニコニコ動画 ■ ニコ動とらドラ! ├ ニコニコ動画とらドラMAD1 ├ ニコニコ動画とらドラMAD2 ├ ニコニコ動画とらドラMAD3 ├ ニコニコ動画とらドラMAD4 ├ ニコニコ動画とらドラMAD5 ├ ニコニコ動画とらドラMAD6 ├ ニコニコ動画とらドラMAD7 ├ ニコニコ動画とらドラMAD8 ├ ニコニコ動画とらドラMAD9 └ ニコニコ動画とらドラMAD10 ■ ニコ動涼宮ハルヒの憂鬱 ├ ニコニコ動画涼宮ハルヒの憂鬱MAD1 ├ ニコニコ動画涼宮ハルヒの憂鬱MAD2 ├ ニコニコ動画涼宮ハルヒの憂鬱MAD3 ├ ニコニコ動画涼宮ハルヒの憂鬱MAD4 ├ ニコニコ動画涼宮ハルヒの憂鬱MAD5 ├ ニコニコ動画涼宮ハルヒの憂鬱MAD6 ├ ニコニコ動画涼宮ハルヒの憂鬱MAD7 └ ニコニコ動画涼宮ハルヒの憂鬱MAD8 ■ ニコ動エヴァンゲリオン ├ ニコニコ動画新世紀ヱヴァンゲリヲンMAD1 ├ ニコニコ動画新世紀ヱヴァンゲリヲンMAD2 ├ ニコニコ動画新世紀ヱヴァンゲリヲンMAD3 ├ ニコニコ動画新世紀ヱヴァンゲリヲンMAD4 └ ニコニコ動画新世紀ヱヴァンゲリヲンMAD5 ■ ニコ動ゼロの使い魔 ■ ニコ動ひぐらしのなく頃に ├ ニコニコ動画ひぐらしのなく頃にMAD1 ├ ニコニコ動画ひぐらしのなく頃にMAD2 ├ ニコニコ動画ひぐらしのなく頃にMAD3 ├ ニコニコ動画ひぐらしのなく頃にMAD4 ├ ニコニコ動画ひぐらしのなく頃にMAD5 ├ ニコニコ動画ひぐらしのなく頃にMAD6 ├ ニコニコ動画ひぐらしのなく頃にMAD7 └ ニコニコ動画ひぐらしのなく頃にMAD8 ■ ニコ動けいおん! ├ ニコニコ動画けいおん!MAD1 ├ ニコニコ動画けいおん!MAD2 ├ ニコニコ動画けいおん!MAD3 └ ニコニコ動画けいおん!MAD4 ■ ■ ■ ■ ハルヒ性転換youtube ハルヒ性転換ニコニコ動画 みなみけ動画 ニコニコ動画みなみけMAD1 エヴァMAD1 エヴァMAD2 YouTube新世紀ヱヴァンゲリヲンMAD1 YouTube新世紀ヱヴァンゲリヲンMAD2 YouTube新世紀ヱヴァンゲリヲンMAD3 YouTube新世紀ヱヴァンゲリヲンMAD4 みなみけYouTubeMAD1 みなみけYouTubeMAD2 灼眼のシャナたん 角川公認MAD作品 やわらか戦車動画 やわらかアトム動画 動画01 アニメ動画本編 かんなぎYouTubeMAD1 かんなぎYouTubeMAD2 涼宮ハルヒYouTubeMAD 涼宮ハルヒYouTubeMAD2 涼宮ハルヒYouTubeMAD3 涼宮ハルヒYouTubeMAD4 ゼロの使い魔MAD ニコニコ動画ハルヒMAD YouTubeとらドラMAD1 YouTubeとらドラMAD2 YouTubeとらドラMAD3 YouTubeとらドラMAD4 アリゾナ老人シリーズ ニコニコ動画電脳コイルMAD YouTubeひぐらしのなく頃にMAD1 YouTubeひぐらしのなく頃にMAD2 YouTubeひぐらしのなく頃にMAD3 YouTubeひぐらしのなく頃にMAD4 YouTubeひぐらしのなく頃にMAD5 YouTubeひぐらしのなく頃にMAD6 ニコニコ動画CLANNADMAD1 ニコニコ動画CLANNADMAD2 ニコニコ動画CLANNADMAD3 ニコニコ動画CLANNADMAD4 ニコニコ動画CLANNADMAD5 ニコニコ動画CLANNADMAD6 ニコニコ動画CLANNADMAD7 ニコニコ動画CLANNADMAD8 ニコニコ動画らき☆すたMAD1 ニコニコ動画らき☆すたMAD2 ニコニコ動画らき☆すたMAD3 ニコニコ動画らき☆すたMAD4 ニコニコ動画らき☆すたMAD5 ニコニコ動画らき☆すたMAD6 ニコニコ動画いろいろMAD1 ニコニコ動画いろいろMAD2 YouTube電脳コイルMAD1 ニコニコ動画黒執事MAD1 ニコニコ動画かんなぎMAD1 ニコニコ動画かんなぎMAD2 ニコニコ動画ご愁傷さま二宮くんMAD1 ニコニコ動画ご愁傷さま二宮くんMAD2 ニコニコ動画秒速5センチメートルMAD1 ニコニコ動画秒速5センチメートルMAD2 ニコニコ動画秒速5センチメートルMAD3 ニコニコ動画秒速5センチメートルMAD4 ニコニコ動画ほしのこえMAD1 ニコニコ動画ほしのこえMAD2 ニコニコ動画ほしのこえMAD3 ニコニコ動画雲のむこう、約束の場所MAD1 ニコニコ動画雲のむこう、約束の場所MAD2 ニコニコ動画雲のむこう、約束の場所MAD3 ニコニコ動画灼眼のシャナMAD1 ニコニコ動画灼眼のシャナMAD2 ニコニコ動画とある魔術の禁書目録MAD1 ニコニコ動画とある魔術の禁書目録MAD2 ニコニコ動画とある魔術の禁書目録MAD3 ニコニコ動画とある魔術の禁書目録MAD4 ニコニコ動画MAD * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * リンク 内部リンク [[]] [[]] [[]] 外部リンク 上へ 討論用 名前 コメント すべてのコメントを見る 編集する。 2024-09-02 08 48 46 (Mon) - 情報収集 トラックバック一覧 trackback() テクノラティ検索結果 #technorati 口コミ一覧 #bf 関連ブログ一覧 #blogsearch リンク元 #ref_list 上へ 編集者用 ミニ編集参加(文の提供・嘘・誤字等) 出典、参考 上へ
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/12.html
第4話 練習試合 ある日の昼休み・・ 「やっと来たのか」「遅いっスよ~イエローちゃん」「イエローさん、こんにちは」 「シルバーさん、ゴールドさん、クリスさん。こんにちは」 イエローは、ある日の昼休み、ポケバト部のレギュラー会議(?)をするために、ちょうどポケバト部の部室に到着した 所だった。 部室の奥に入ると、机の周りにはもうすでに金銀水晶の3人組がいた。それぞれ、イスに座っている。今日の会議は イエローを入れて、5人ですることになっているのだが、1人、まだ来ていないらしかった。 とりあえず、イエローも近くにあるイスに座った。 「すいません、遅れちゃって。ちょっと、お弁当を食べてたんで」 「弁当ぐらい早弁すりゃいいのに」 「イエローさんはあなたとは違うのよ、ゴールド」 「へいへい。」 ゴールドはクリスが言った事に、曖昧な返事を返した。 一方、イエローは周りを見渡して、やはりあと1人が来ていないのを確認し、3人に聞いてみる事にした。 「あの、あと1人は・・・?」 「う~ん、あいつか?どうせ、またどっかで男子と喧嘩してんだろうぜ」 ゴールドが少し笑い、「まあいつものことだぜ」と続けた。 だが、いい終わると同時に、 「そんなわけないやろう!」 いきなりドアが開いて、部室に大きな声が響いた。かなりの声量で、イエローは、少しだけ耳が痛くなってしまった。 そして、4人が同時にドアの方を見ると、1人の少女が物凄い形相でゴールドを睨んでいる姿があった。 「「「ア、アカネ!」(さん!)」」 この少女こそが、ポケバト部のレギュラーの1人、アカネだった。イエロー達が2年の頃に入部して以来、ノーマルポ ケモンの使い手としてレギュラーまで上りつめたという人物だ。 イエローもアカネとは結構な仲良しで、クラブの時には一緒に喋っていたりする。 しかし、今のアカネは、普段と違い、2つに束ねている髪の毛を逆さに立たせてひどく怒っていた。 もちろん、怒りの矛先はゴールドだ。 アカネは、怒りの形相もそのままに、ゆっくりとゴールドの方に近寄っていく。一方のゴールドは、何かたじたじ、とい った様子だった。 「え~ゴールド?うちがそんなことするわけ無いやろ!」 「へ、へん!どうだか。前にお前が男子にバスケットボールを当てられて、めちゃくちゃ怒ってたのを見たんだぜ?」 ゴールドの反論は明らかに苦し紛れだが、アカネはそれに反応し、「うっ!」と言葉を詰まらせた。 しかし、それでもアカネは負けなかった。 「あ、あれはぶつけてきたあいつらが悪いんや!」 「それでも喧嘩してたじゃねえか!」 アカネもゴールドも、これ以上放っておくとなんだか危険そうなので、イエローは立ち上がり、 「まあまあ、ゴールドさんもそこまで言わないで。アカネさんも早く座ってください。会議を始めましょう?」 と2人をなだめた。 「「く!分かった」わ。」 2人はイエローにそう言われると、しぶしぶと口喧嘩をやめた。まだ何かを何か言いたそうだったので、もしかしたら会 議の後にでもまた言い合いをするかもしれない その時はちゃんと止めないと、とイエローは思いながら、アカネが椅子に座ったのを確認し、やっとのことで今回の会 議を始まることになったのだった。 イエローは椅子から立ち上がり、周りに座っている4人のレギュラー達を見回した。 「ふ~それじゃ、今日集まった理由なんですけど・・・」 「一体なんだよ。いつもはこんな風に集まらないのに」 イエローが話していると、ゴールドがいきなり口を挟む。どうやらゴールドはまださっきの喧嘩の熱が収まらないらし い。少し機嫌が悪そうだった。 とりあえずイエローは今日レギュラーを呼び出した理由を話すことにした。 「え~と、今日は練習試合があるっていうのを言っておこうと思って」 「いつだ?」 シルバーが表情を変えずに言う。相変わらず冷静な人だ。 「次の日曜日です。場所はうちのグラウンドで」 「そりゃまた急だな~」 ゴールドがおちゃらけて言う。どうやら練習試合と聞いて少し嬉しいらしい。さっきの様子とはまるで違っていた。 イエローはその様子に苦笑しながら答える。 「ええ、私もそう思いましたけど・・・・そろそろ実戦になれた方がいいとの、レッド先生の意見ですから。」 「相手はどこなん?」 「隣町の四天王学園です。」 「「「「!」」」」 話を聞いていた4人が、練習試合の相手校を聞いた途端、驚いた顔をして黙ってしまった。 イエローはそれを複雑な思いで見て、4人が再び喋りだすのを待つ。 「四天王学園・・・」 ゴールドが暗い声で呟いた。さっきまでの彼の声とはまるっきり別人だった。 「・・・・・俺たちはいいが・・・イエロー、お前はいいのか?あいつがいるぞ?」 「・・・覚悟は出来てます。」 シルバーが聞いてきた事に、イエローは苦しい顔をして答える。 あいつとは誰か? それは・・・ 「あいつ、か・・・・イエローはワタルが苦手なんやもんな・・」 アカネがイエローに同情を向けたような声で言う。 暗い雰囲気が部室の中に漂っていた。 ワタルというのは誰か? ワタルは、四天王学園ポケバト部の部長だ。 イエロー達とは、1年生の時、ポケモンバトルの大会からの知り合いだ。 彼はこの辺の地区では、最強の呼び名が高い竜使いで、いつもイエロー達とはライバル的存在なのだ。 だがそれだけでは、イエローもあまり嫌がらない。 イエローがワタルを苦手な理由は、ワタルが時々イエローにちょっかいをかけにくるからだ。 それが始まった原因は、1年生の夏のある大会。イエローの試合が終わった後にあった・・・ その時イエローは、自分の試合が終わって一息つき、ベンチに座ってお茶を飲んでいた。 そして、そこにワタルが近づいてきたのだ。 『お前がイエローというやつだな』 『え?・・はい。そうですけど』 『ふむ・・・先ほどの試合を見せて貰った。なかなかいい動きをしていたな』 『は、はあ・・・どうも』 『よし、お前、俺たちの学園に来る気はないか?』 『・・・・はい?』 『お前の才能をここにうずめておくのは惜しい。こちらの学園にくれば、設備も整っているし、俺が直々に教えてやれ る』 『あ、あの・・』 『そうすれば、俺たちの学園も全国制覇を成し遂げることができる』 『え~と、ちょっと・・・』 『よし、決定だ。これから俺の学園に来い。手続きを済ませるぞ』 『あ、あの!』 『・・なんだ?』 『私、今の学校をやめる気はありません。だから、あなたの学校に行くことも出来ませんから』 『・・・・そうか・・・・それはしょうがないな・・・だが俺は諦めんからな。必ずお前を俺の学園に来させる。覚悟しておけ よ』 そう言って、最初はそのまま去っていった。 だが、それからがイエローの受難の日々だった。 このワタルというのは、結構なお金持ちで、その豊富なお金を使って、ポケバト部にいろいろと悪影響を与えてきたの だ。 例えば、 イエロー達が部活で使う備品を買いに行ったが、その備品が売り切れだったり。 練習場所として使うはずの競技場が、全て先に予約が入っていたり。 練習試合を組もうとするが、相手校がまったく受けてくれなかったり。 と、このように、誰の仕業かすぐに予想がつくようなことが、かなり頻繁にあったのだ。 それに、ワタル本人がイエローの学園に乗り込んできたこともあった。その時は先生たちに追い払われて、すぐに帰 っていったが・・・ とにかく、このような事があってイエローはワタルに苦手意識を持った。 できれば、ワタルとは関わりを持ちたくない、というのがイエローの思いだった。 だが、今回の練習試合によって、その思いは見事に打ち破られてしまったのだ。 ――・・・・・なるべく気合を入れていかないと・・―― 会議室でゴールド達がいろいろと話し合っている中、イエローは密かにそう思っていた。 練習試合 当日・・ 今日は日曜日。ついに四天王学園との練習試合が始まろうとしていた。 イエロー達ポケバト部は、自分たちの学校の運動場で四天王学園の面々が来るのを待っている所だった。 「だあ~!遅い!もう約束の時間を30分も過ぎてるぜ!」 「ゴールド、少し黙りなさい。」 先ほどからずっとゴールドが叫んでいるので、クリスが我慢できずに彼ににきつく注意する。ゴールドはそれを受けて すぐに黙ったが、それでもまだ不満があるようだ。 「確かに遅い。何をしているんだ?あいつらは」 シルバーも、顔には出さないが不満があるようだった。左足のつま先で地面を鳴らしているのが、何よりの証拠だ。 「なんか事故でもあったんやろ・・・・・・・・イエロー?大丈夫なん?」 アカネがイエローを心配そうに見る。 確かにイエローは顔色が悪かった。それはイエロー自身でも自覚している事であり、やはりワタルのことが結構つら いのかもしれない。 しかし皆には心配をかけてたくない、と考えたイエローは「大丈夫」と答え、なるべく、元気に見せようと勤めていた。 「・・・来たぞ!」 シルバーが突然校門の方を指差しながら言った。全員が校門の方を見る。 四天王学園の制服を着た4人が、校門から入ってきていた。 四天王学園の面々は、こちらの前に来ると、とても挑発的な目でこっちを見ている。 そして、その中の一人がイエローの方を見ていた。 「久しぶりだな、イエロー」 「ええ、ワタルさんも」 四天王学園のメンバー内の1人、ワタルがイエローに話し掛ける。 イエローは、そのワタルに気後れしないで答えていた。 「それでは、これから、練習試合を始めます。まず、両校1番手は前に出てください」 審判のような人がそう言うと、1番手であるクリスが前に出た。四天王学園も誰だかわからない人――おそらく2年生 ――が前に出る。 「それでは、始め!」 そうして、練習試合が始まった。 イエローはクリスの試合を後ろの方で見ていた。最後の四番手にはまだまだ時間があるので、今は後ろで少しばか り休んでいたのだ。 クリスの試合は、ほぼクリスの圧勝ペースで進んでいた。クリスはベイリーフ、相手はゴルダック、と相性的に彼女が 有利なので、恐らくベイリーフはほとんどダメージを受けずに終わってしまうだろう。 「イエロー。」 「!ワタルさん・・・」 簡単な椅子に座って静かに試合を見ていると、横から声を掛けられた。 声が聞こえた方向を見ると、そこにはワタルが不敵な笑みを浮かべて立っており、イエローは思わず後ずさりしてしま った。 「イエロー、そろそろこっちに来る気はないのか?」 「せっかくですが、お断りします。前々から言っているように、私はこの学園が好きなんです」 試合の方はクリスの圧勝の形で終わり、次の二番手に進んでいた。こちらの二番手はアカネ。相手はまた2年生の ようだった。 「そうか・・・・もったいないな。その才能をこんな所で埋もれさせてしまうとは 「私は自分の才能を、レッド先生に引き出させてもらっています。あなたの学園に行かなくても、先生の教えが私には あります」 アカネは苦戦中だった。アカネがミルタンク、敵がカイリキーという、あまりに悪い相性のために、どんどんミルタンク の体力が削られていった。ミルタンクも『いやしの鈴』で回復しているが、それも追いつかなかった。 「・・・甘いな。イエロー、お前の才能はいち教師ごときが引き出させるものではない。お前は俺と同じ、トキワの森の 加護を受けているはずだ」 「?いったいなんのことを?」 ついにアカネのミルタンクが倒れてしまい、2回戦は四天王学園の勝利となってしまった。 そして、試合は3番手に移る。こちらの3番手はゴールド、あちらは眼鏡をかけた、女性だった。 「まだ、気付いていないのか・・・・まあ、いい。お前には常人とは違う力を持っている。それは間違いない」 ゴールドの試合は一進一退だった。ゴールドはバクフーン、相手がジュゴンという、相性的にはゴールド優勢のはず だったのだが、相手のジュゴンはかなりレベルが高く、決着がなかなかつかない。 「俺のところにくれば、その力を引き出してやれるものを・・・」 「だから、いったいなんのことです?力っていったい・・・」 ついにゴールドの試合は決着がついた。引き分けという形で。 バクフーンもジュゴンも倒れてしまい、試合続行不可能となってしまったのだ。 ゴールドは引き分けという結果に多いに不満そうし、悔しそうな声をあげていた。 「いずれ教えてやる。俺の学園に来ないとなると、今は教える時ではないからな。・・・・ん?どうやら次は俺たちの試 合らしい。早く行かなければ間に合わないぞ」 ワタルはそう言って、そのまま立ち去ってしまった。 残されたイエローは、ワタルの言っていた『力』というのが、よく分からず、その場で考え込んでいた。 ――力?いったい何のことだろう。―― 「おい!イエロー!はやく来いよ。不戦敗になるぞ!」 考え込んでいるとレッドが息を切らして近づいてきた。 「イエロー?」 目の前に来ると、レッドは考え込んでいる様子の自分を不思議に思ったのか、呼びかけてきた。 イエローは、心配そうな表情のレッドの顔を見ていると、いきなり聞きたい事が出来てしまった。いつもはあまり気に かけないことだったが、今はどうしても聞きたいことだった。 イエローは思い切って、それを口から出す事にした。 「レッド先生・・・私ってポケモンバトルの才能がありますか?」 「・・・・?なんでいきなりそんなことを・・」 レッドは、いきなり質問を投げかけられて、困惑の表情を浮かべた。普段はこんなことを聞かないので、不思議に思っ ているのだろう。 しかし、イエローは今どうしても聞きたかった。 1年生の頃にこの部に入って以来、レッドには色々と教わってきた。最初はバトルの基礎から、技の使いどころ、それ ぞれのポケモンの特徴、敵の分析の仕方、など・・・ レッドから教わったものは、かなりの数を占めている。 だが、自分がそれら全てを取り込んでいるか、と聞かれると答えようがない。 確かに、日頃から頑張っているつもりだ。 ただ、それが自分の物になっているのかどうか・・・・これは、自分で判断できる事ではないのだ。 イエローは、レッドの答えを促すように「すいません、答えて下さい」と言葉を向ける。 レッドは少しの間考え、そして、答えた。 「・・・まあそうだな。お前は俺が今まで見てきた生徒の中でも、一番才能に溢れてるよ」 「本当ですか?」 「ああ。これからもお前はもっと伸びていく。いつかはポケモンリーグも制覇できるさ。俺もその才能を引き出していき たい。」 「・・・・・・・はい!」 「だから、一緒に頑張ろうな?」 イエローはレッドの答えを聞いて、とても嬉しくなった。自分に才能があるといってくれたこともそうだが、これから一緒 に頑張ろう!という言葉がとてもうれしかったのだ。 レッドの教えを信じていき、それを吸収していけば、必ず満足のいく結果が得られるはず。そのために、レッドと共に 頑張ればいいのだ。 イエローは、今まで変なことを考えていたな、と思って頭を横に振った。 今からは試合に集中、だ。 イエローは、一層やる気を引き出し、明るい気分で試合場所に向かっていった。 イエローの日記・・ 5月18日 日曜日 今日は四天王学園との練習試合だった。結果はクリスさんが勝利、アカネさんが負けてしまって、ゴールドさんが引 き分け、私も引き分けだった。 相変わらずワタルさんは強くて、私ももうすぐで負けそうだった。引き分けだったのは運が良かったのかもしれない。 そして、今日はワタルさんに変な事を言われた。私には何かの力があるとか、なんとか・・・私にはよく分からなかっ た。なんだかワタルさんってどんどん意地悪になっていくような・・あ~!何かあるのなら、あるってはっきり言って欲し いなあ! だけどいいこともあった。レッド先生が私と一緒に頑張ろうって言ってくれたこと。 これは聞き様によってはすごい意味になるけど・・・先生はそういうつもりで言ったんじゃないんだろうな・・・ 今日はこれぐらいでいいや。もう眠いし。 それじゃ、 明日もいいことがありますように。
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/31.html
第19話 合宿 ~4日目―2~ 山の中・・ 山の中は、草の上にあった朝露がそろそろ消え始めている時刻になっていた。太陽が空高く上がりはじめ、木々の 間から光が差し込んでくる。 しかし、それ以上に興味を引くのは気温の低さだった。8月の中旬、夏真っ盛りの今の季節に、午前10時になってよ うやく気温が20度を超えてきたか?という気温の低さには驚かされた。 ここが山の中だから気温が上がりにくいかもしれないが、それにしても肌寒く、薄暗い。 木々がこの周りを囲っているからだろうか? ふと、頭の上から木の葉が落ちてくるのを見て、レッドはそれを掴んでみた。 その葉は、少しばかり緑が薄く、所々が茶色になっている。いや、というよりこれは、秋の木の葉に近い色をしてい た。 季節が狂っている・・・・? さきほどから、周りでタンポポの綿毛が飛んでいると思ったらひまわりの種が落ちている、という場面がたびたび見ら れた。 タンポポとひまわりが同時に咲くなど、少しばかりおかしい。 そう思っていると、急にいっそう肌寒い風が吹いてきた。レッドは風に体温を奪われないように身を小さくし、身体をこ する。温かみを感じたのはその数秒後だった。 そこでレッドはふと、イエローのことを思い出した。 この場所は結構肌寒い。彼女は半袖半ズボンでいるはずで、その格好じゃ寒いに違いない。 レッドは踵を返して近くの洞窟へと向かっていった。 洞窟に入るとイエローが呑気な顔で眠っていた。2時間ぐらい前に1度起きたと思ったら、状況説明を終えた途端にま た眠ってしまったのだ。朝には弱いと言っていたので、2度寝など普通のことなのだろう。 レッドは、半袖のままでいるイエローの身体に自分のジャケットをかけた。 上着の重みに気付いたのか、イエローは身体を少し動かした。起きたか?とレッドは思ったが、イエローはそのまま ジャケットを小さな手で掴んで、また動かなくなってしまった。 レッドは、目の前で安心した顔で眠っているイエローを見て、本当によかったと思った。 昨夜はどうなることかと思ったものだ。 ただ正直言って、イエローを見つけられたのは幸運だとしかいいようがなかった。 昨日の午前6時頃、勢いよくプテラで山に向かったのはいいものの、イエローの捜索は難航した。山はかなり広かっ た。いくら空を飛んでいたとは言え、この広い山から人1人を見つける事はかなり難しい。1時間ほど空の上からイエ ローを探し回ったが、成果はまったく上がらなかった。 どんどんと周りが暗くなっていき、このままではイエローを見つけられないのでは?と思って、かなり焦った。内心、焦 っては駄目だと思いつつも、自分の生徒――それもおそらく1番仲が良い生徒が遭難してしまったと考えると、どうし ても気持ちが先にいってしまう。いつの間にか目はひっきりなしに森の中を探りまわっていた。 捜索を始めて、2時間。 自分の背中を掴んで飛んでいるプテラは、長時間飛んできたせいか、そろそろ疲れの色を隠せないでいた。いつもは 移動するのにも1時間ほどしか飛んでいなかったが、今はその倍近くは飛んでいる。疲れるのも当たり前だった。 プテラに無理をさせると、後々に響いてくるかもしれない。イエローを見つけたとしても、今度はプテラに自分とイエロ ーの2人を運んで貰わないといけないのだ。その時のことを考えると、今は休憩を取った方がいいとレッドは考えた。 少しばかり休憩を取った後、もう一度捜索を再開しよう。 そう思った矢先だった。 視界の端で何かが光り始めた。 驚いてその場所を見ると、山のある1部分、それも今飛んでいるところからそう遠くない場所から明るい光が現れてい た。 こんな山奥にそんな光を出すような施設はあるはずはなかった。まして、それは人工的な光とは感じられなかった。 その光を数十秒眺めた後、何の光なのかが理解した。 その光は、自分もまた持っているポケモン――ピカチュウの電気の光なのだ。 プテラに指示し、レッドがその場所に到着すると、案の定、そこにはすさまじい勢いで辺りを照らし続けているイエロー の持ちポケモン『チュチュ』がいた。身体から電気を発する技『フラッシュ』を使い、夜を昼にする勢いで光を出してい る。 そしてその横には、仰向けになって倒れているイエローがいた。 その姿を確認すると、レッドはすぐにイエローの傍に寄った。彼女を見つけたことを喜んでいる暇はなかった。倒れて いる、という事実はレッドに最悪の状況を想像させるきっかけとなってしまった。 レッドはまず、イエローの傍で電気を出し続けているチュチュに「大丈夫だ」と言って、その行動を止めさせた。チュチ ュはもうすでに大量の電気を出し切っており、それ以上放出すると危険な状態になってしまうからだった。 近くに転がっていたモンスターボールにチュチュを入れ、レッドはすぐにイエローを起こそうと声を掛け始めた。 「おい、イエロー!」 しかし、意識がないのか、イエローはまったく反応を示さなかった。 脈と呼吸をとると、心臓はちゃんと鼓動は刻み続けており、息の出し入れもしている。 レッドはとりあえず、イエローを起こす事は後にして、彼女が怪我を負っていないかを調べる事にした。無理に起こす 事はできないので、仰向けのままで手足を探ってみる。 イエローは幸い、主だった怪我を負っていなかった。出血などの外傷は無し、骨が折れているような形跡も無い、おそ らく気を失っているだけと思われた。 レッドはそこまで確認すると、ほっ、と安堵の溜息をついた。あとはイエローが目覚めた時に彼女が身体の異常を訴 えなければ、何の問題もない。気を失っている理由は分からないが、とにかく怪我がなくてなによりだった。 そして次にレッドは、その場で立ち上がって周りの状況を確かめた。何故、イエローがこんな所で倒れているかを見 極めなくてはいけない。 イエローが倒れていた場所は、目の前に岩壁がありその周りは森林で囲まれている地点だった。岩壁はちょうど山 が垂直に削り取られたように岩肌を見せていて、それが左右に続いていた。 森林はそれほど深くはない。公園にあるぐらいの高さの木が周りにあるだけで、それ以上は特徴的なものはなかっ た。普通の山、と考えていいだろう。 そう確認すると、レッドは首を傾げた。おかしい。見渡す限り、周りにはイエローの気を失わせるようなものは何も無 い。障害になりそうなものが1つも無いのだ。 唯一考えられるのは、イエローが何者かに襲われたか、もしくは単に転んで頭を打ったというようなもので、それ以上 もそれ以下も何もなかった。 レッドは悩み始めた。これぐらいならイエローが遭難する理由なんて見つからないが・・・・ ふと、岩壁に沿って上を見上げてみた。木々の間から、遥か頭上、つまり岩壁が終わっている地点に道のようなもの があるように見える。高さからして、マンションの3階ぐらいだった。 レッドはそれを見て、まさか、と思った。 もしかしたら、イエローは崖から落ちてしまったのではないか? そう思いついた途端、レッドはイエローの身体をもう一度確認し始めた。 先ほど診た時は何も無かったが、もし崖から落ちたのなら、身体に何かしらの形跡が残っているはずだ。 手足や頭を診てみたが、その辺りには何も大きな傷は無かった。少々のかすり傷がついているだけだ。 ということは、あとは背中ぐらいか?そういえば、イエローの身体を案じて身体を起こさなかったので、背中は見てな い。 レッドはまだ気を失ったままのイエローの身体を上半身だけ起こして、背中の服をまくってみた。女の子の服をまくる のは少しばかり気恥ずかしいが、今はそんなことを言っていられない。 レッドは背中の状態を見て、あっ、と声をあげた。予想は当たっていたようだった。 彼女の背中には、無残な打撲の跡と、皮膚の内部まで裂傷している出血中の傷が見られていた。背中にここまでの 傷を負っているのだから、イエローは間違いなく崖から落ちたと見ていいだろう。 レッドは背中に背負っていたリュックサックから、医療用具を取り出した。もしものために持ってきたものだが、本当に 使うとは思っていなかった。 まず裂傷部分の手当てから始めた。傷周りの血を拭き取り、水筒に入れてきた水で傷を洗う。 消毒液で傷を殺菌し、傷部分を直接手で圧迫して出血を少なくすると、その上に止血剤を塗った。傷は深いものの、 それほど広くは裂傷していない。止血剤で十分だと思われた。 出血がある程度まで止まると、今度は傷の上にガーゼを載せる。後は布をその上に被せて医療用のテープで固定す れば終わりだ。応急処置だが、これで切り傷の方はなんとかなる。 そして次に、青白い打撲の跡が残っている背中を丹念に調べた。打撲がある場合、まず骨折を疑わなくてはならな い。打撲に骨折はつきものだ。 皮膚の表面を指で押したり、身体を動かしたりして骨折があるか見てみるが、幸い骨折はしておらず、打撲だけのよ うだ。打撲なら薬と冷湿布でなんとかなる。 レッドは打撲用の薬を塗りつつ、よくあんな高さから落ちて打撲で済んだな、と内心に思った。普通なら骨折ぐらいし ていてもおかしくない高さだ。よほどイエローの運がいいのだろう。 薬を塗り終え、最後に打撲跡の上に冷湿布を貼る。打撲は後々熱を伴ってくるため、あらかじめ湿布は貼っておいた 方がいい。 ふぅ、と息をつくと、レッドはイエローの服を元に戻した。これで応急処置は終わりだ。 医療用具をリュックサックに直しつつ、レッドは早くここから出よう、と思った。イエローを見つけたのならもう用が無 い。さっさと彼女を連れて、プテラでこの山を脱出するべきだ。 レッドは後ろの方に待機させてあるプテラを呼ぼうと、振り返ってみた。 が、 「プ、プテ!」 プテラは、何があったのか地面に倒れていた。地面に大きく翼を広げ、苦しそうな表情をしている。 プテラの身体を調べてみるが、その身体には何も異常が見当たらなかった。おもだった外傷もまったく見当たらない のに。 2時間ぶっ続けで空を飛んだことが原因とは考えにくい。まるで身体の体力だけが奪われているように、プテラは地 面にその巨体を寝かせていた。 レッドはすぐにプテラをモンスターボールに戻した。とりあえずボールの中で休ませて、回復薬か何かで回復させてお こう。 プテラの入ったボールを腰につけ、まずどうやってこの山を抜け出すかを考えた。 まず、歩いて山を降りる事は不可能だ。この暗さでやみくもに歩くのは自殺行為に等しいし、イエローがまだ目を覚ま さない。彼女を山を降りるのは体力がもたないだろう。 なら、電話をかけて救出を待つというのが最善か?と思って、ポケギアで助けを呼ぼうとしてみた。 が、 『圏外』 ポケギアの画面は、無情にもここがワタルの言っていた、『電波が通らない場所』ということを示していた。『電波障害 地域』。ポケギアの電波さえも通らない場所。 電波が通らない理由は不明と聞いた。いや、今はそんなことを考えている時じゃない。早く安全な場所に避難しなけ ればならなかった。森の中にこのままいると野生のポケモンに襲われたりして危険だ。 そう考えて気を失い続けているイエローを自分の背中に背負い、近くを歩き回って見つけたのが1つの洞窟だった。 そこはイエローが気を失っていた場所からそう遠くない所で、高さは2メートルほど、横は5メートルの小さめの洞窟だ った。 とりあえずの避難場所になるかと思ってそこに入ると、外から見るよりは中が結構明るい事に気が付いた。洞窟の壁 をよく観察してみると、どうやら発光性のコケが生えているようで、それが月光ぐらいの明るさを洞窟の中にもたらして いるらしい。 月明かりと同じくらいの明るさの中、コケが生えていない場所を選んで、イエローをそこに寝かせた。 眠っている間は体温が下がる。怪我をしている状態でそれは危険なので、彼女の身体に自分のジャケットをかぶせ てやった。イエローが目覚める気配はない。 目が覚めるまで待った方がいいな、と思って、とりあえず彼女をそのまま眠らせてやることにした。 レッドの記憶はそこで途切れている。寝てしまったのだ。 ※ レッドはそこで眠ってしまったことに激しく後悔していた。 あそこで寝てはいけないのだ。本当なら、徹夜して彼女の容態を確認し、危険が寄って来ないように見張りをしつつ、 どうやって山から脱出しようか考えておくべきだった。自分はそれを忘れて、ぐーすか寝ていたわけだ。 「はあ~・・・・」 レッドのため息が洞窟の壁に連続的に反響し、段々と消えていく。自分のため息が聞こえるたびに肩を落とし、肌をこ すって温かみを得ようとした。午前10時を回っているのに、洞窟の中はまだ肌寒かった。 「はぁ・・・」 もう一度ため息をつく。 「・・・・どうしたんですか?」 イエローが急に目をあけてこちらに話し掛けてきた。ずっと気持ち良さそうに寝ていたのに、いつの間に起きていたの だろうか? イエローは地面に横になったまま、こちらを見つめてきた。レッドは、その彼女の様子に驚きつつ「・・・・身体は大丈 夫か?」と声を掛けた。 「あ、はい。もう背中の痛みもましになってますし・・・・・・・それより、さっきのため息はなんだったんですか?」 「ん?・・・ああ、あれね・・・・あれは・・・・」 レッドは迷った。自分の事がふがいなくて、自己嫌悪のため息をついていたなんて・・・・言えるだろうか?いや、いえ まい。 「・・・・・・」 「・・・レッド先生?」 「い、いや、なんでもない。ただ無意識に出たんだ・・・・・それより、歩けそうか?」 「どうでしょう・・・・・ちょっと立ってみますね」 イエローはそう言うと、地面に手をつき、足に力を入れて立とうとし始めた。レッドはそれを助けようと、彼女の手をとっ て支えになる。 「ん~・・・よいしょ!」 「・・・・・どうだ?」 ゆっくりと立ち上がったイエローは、傍目から見れば何も問題なさそうに見えた。背中の怪我もましになっていると言 っていたし、これなら少しは歩けるかもしれない。レッドはそう思った。 「痛!」 急にイエローが声をあげた。レッドはすぐに「どうした?」と尋ねる。 「・・・足が」 イエローが痛そうな声を上げながら、右足首を指差した。レッドはしゃがんでそこを見てみると、少しばかり赤く腫れて いる足首があった。 「・・・・・ん~・・・これは足をくじいてるみたいだな」 「そうみたいです・・・・・少しぐらいなら歩けますけど・・・」 「いや、無茶はするなよ・・・・・・・とりあえず、足首に包帯と湿布を貼って・・・あと、背中の方にも薬塗っとくか」 レッドはそう言って、リュックサックの中から白の包帯と打撲のための薬を出し、イエローに「それじゃ、湿布と包帯巻 くから足出して」と言った。 イエローは素直に従い、赤くはれ上がっている右足首を差し出した。 レッドは、ゆっくりと捻挫をしている部分に湿布を貼り、その上から足首を固定するための包帯を巻いていく。 足首に包帯を巻くというのは、少々テクニックがいる。一応、何度かやったことはあるものの、不器用な自分には少し 難しい。何度かやり直して、4度目の挑戦でようやくイエローの足首に包帯を巻くことができた。 レッドは、はさみで包帯の余分な分を切り、フックを付けて固定してやる。 これで捻挫の処置は出来あがりだ。 「とりあえずの応急処置だから、そんなに動かすなよ・・・・・・それじゃ、次は背中を出してくれ」 「え・・・・・あ、はい・・・・・」 イエローは一瞬うろたえたもののすぐに後ろを向いて、背中の部分の服をぎこちなさそうにまくった。 昨夜貼った湿布を剥がすと、真っ白な肌の上に青い打撲の跡が見えた。その横にある布とガーゼを取ると、実が見 えている傷が見え、ここまですさまじい怪我だとかなり痛そうに思われた。 レッドは痛みが伴わないよう慎重に、薬をつけた手を背中に滑らしていった。 打撲の箇所にまんべんなく薬を塗りつけた後は、その部分に新しい湿布を貼る。傷の部分には消毒薬を塗り、新しい ガーゼを貼り、また布を載せてテープで固定する。 これで終わりだ。 「・・・よし、背中、直していいぞ」 「はい・・・・」 レッドは薬を再びリュックサックに戻していった。 イエローは服を元に戻して、こちらを正面に見るように座りなおしていた。自分が薬をしまっているのを見ているようだ った。 薬を直している間、イエローはずっと自分の方を見つめていたので、レッドは何かあるのか?と思って、薬を直した 後、尋ねてみた。 「・・・・どうかしたのか?」 「いえ・・・・・・・・・あの、もしかして、私を見つけた時に薬を塗ったり、湿布を貼ったりしてくれたのは、レッド先生です か?」 「ああ、そりゃ、俺しかいないからな・・・・・・・それがどうかしたのか?」 「いや、その・・・・・」 イエローの顔が心なしか赤い。熱でもあるのか?と思って、彼女の額に手を当ててみるが、手をつけた瞬間、その顔 は一層と赤くなってしまった。 いったいなんなのだろうか? 「ん~?・・・・どうしたんだ?」 「なんでもないんです・・・・・はい・・・・」 額に当てた手をやんわりと退けると、イエローはそのままこちらと目線を合わそうとしなかった。何かに緊張している ような様子だ。そっぽを向いているような気がした。 そんなイエローを見て少し不審に思ったが、とりあえずそのことを保留にしておき、レッドは「さて、どうするか な・・・・・」と、これからのことを考えながら呟いた。 「何がですか?」 そっぽを向いていたイエローが、その言葉を不思議に思ったのか、再びレッドと顔を合わせてきた。 レッドは「ん?あ~それがな・・・・・・・・・」と答えながら、腰につけてあるモンスターボールを1つ取り出し、イエローの 目の前に差し出した。 一瞬、イエローはそれを不思議そうに見つめた。いきなりボールを出されて何の事か分からないのだろう。だが、疑問 顔でその中身を見た途端、その表情ははじけたように驚愕のものとなり、勢いよくこちらを向いた。 「どうしたんですか、プテラは・・・・」 「分からない・・・・薬を使っても治らないんだ」 ボールの中に入っているポケモン――プテラは、モンスターボールの中で苦しそうに息をしていた。レッドの目から見 てもそれはかなり痛々しい様子だった。 プテラは昨夜いきなり倒れたっきり、まったく回復してくれなかった。回復薬をいくつか飲ませたものの、効果はなし。 一晩休めば治るかと思っていたので、これはかなりの誤算だった。 とにかくこうなってしまうと、空を飛んでの脱出は不可能だ。 レッドは続けて、第2の訃報をイエローに伝える。 「それに・・・電話が繋がらない」 「ポケギアが、ですか?」 「ああ・・・・・」 昨夜から分かっていた事だが、ここは電話の電波が通らない区域らしい。電話をして救助を待つということも出来な い。 「それで、どうやって山を降りるか・・・って考えてたんだ」 「そうか・・・私が怪我をしているから・・・・すみません」 「いや、お前があやまることじゃないって」 頭を下げるイエローに、レッドは苦笑してそう言った。 「ま、それでどうしようか・・・・・」 レッドは腕を組んで悩んだ。 どうやって、ここを出るか。 飛んで帰ることも出来ないし、救助も待つ事が出来ない。 残されているのは、イエローを背負って山を降りるか、もしくは電波が通る場所まで移動して、そこで電話をして救助 を待つか、の2つだ。 どちらも、イエローを背負って移動をする事になるので自分にかかる負担はかなりのものだろう。昨夜からの捜索で 疲れも溜まっている。 しかし、ここにいても何も変わらないのも現実だ。恐らくグリーン達が捜索してくれているだろうが、この場所はかなり 見つけにくい。自分はチュチュの光でなんとか見つけられたものの、今は昼なのでその方法も使えないだろう。電気 の光は太陽の光のせいでかき消されてしまう。 なら、答えは1つだ。ここでじっとしているより、行動を起こした方がいいに決まっている。 ――・・・・・・・・するか!―― レッドは「なあ、イエロー」と、何かを考えている彼女に呼びかけた。 「はい?」 「・・・・・とりあえず、ここから出ようと思うんだ。最低でも、電波が届く所まで出て、そこで救助を待った方がいいしな」 「・・・・・そうですね・・・・そうしましょう」 イエローは考えに賛同すると、再び立ち上がろうとした。 しかし、やはり足が痛いのか、少し立ったと思ったらすぐに倒れそうになる。レッドはとっさにイエローの腰に手をやっ て、倒れないようにしてやった。 「あ・・・す、すみません」 「いや、いいよ・・・・・それより、その足で歩くのは無理だろ?俺がおぶってってやるよ」 「え!いいですよ!」 「ほら、怪我人が遠慮しないで」 顔を赤くして遠慮しているイエローに向かって、レッドは後ろを向いてしゃがみ、背中に乗れというような合図を送っ た。 よほど恥ずかしいのか、しばらく考えるような仕草をするイエロー。結局、渋々といった様子で、イエローはレッドの背 中に身体を預けた。 背中に重みがかかったのを感じると、レッドは「よし、それじゃ行くぞ」と言って立ち上がり、自分のリュックサックを手 に持って洞窟の出口に向かった。 「・・・あの・・・・レッド先生?」 出口に向かう途中、イエローがレッドの耳の近くで話し始めた。 「ん?」 「私、重いですよね?やっぱり、自分で・・」 「ああ、そうだな、ちょっと重いかな」 「え!・・・」 思いもかけない言葉だったのか、イエローはそれを真剣に受け止めてしまったらしく、落ち込む様子を見せた。顔を俯 かせて、「そう・・・ですか」と言って何も喋ろうとしない。 レッドはそんなイエローを見て、微笑んだ。 「冗談だって・・・・・本当は『お前、ちゃんと物食ってんのか?』って言いたくなるほど軽い。だから、どれだけ歩いてい ても疲れないって」 レッドは冗談めかした声で言いながら、イエローの身体が本当に軽い事に驚いていた。自分達の体重とは明らかに 違っているのだ。まるで空気を背負っているようで(大袈裟だが実際にそう感じる)これなら本当に疲れない。いつもは もっと重い荷物を持っているのだ。 いつもポケバト部で指導している時は意識していなかったが、こんな小さくて軽い身体を背負っていると、やっぱり女 の子なんだな、と実感させられてしまう。 ――・・・・・なら、余計に守らなくちゃな―― 女を守るのは男の使命。 イエローが女の子と思わされたのなら、生徒という範疇だけでなく、それ以上に守るべき対象だ。 そう考えていると、思いもかけず昔のことが思い出されてきそうになった。昔は守れなかったものがいる。その思いが 急に頭の中に浮かび上がってきた。 だが、レッドはそれを振り払った。今はそんなことを考えている場合ではない。洞窟を出るのが先決だ。 イエローは、先ほどの冗談でふて腐れてしまったのか、とても静かになっている。彼女の小さな身体からは心臓の鼓 動が感じられる。レッドはそれを背中で受け止めながら、今はこいつを守るのに集中しよう、と決意を固めた。 洞窟の外は、少し明るかった。 ※ 外はまだ冷気が漂っていた。先ほどより2℃は低く感じられる。昼が近づいているのにこれはかなりおかしい。ひまわ りが周りに見られていて、タンポポの綿毛もそこかしこに飛んでいる。 レッドはおかしくなってきそうな感覚を、なんとか張り詰めさせ、足を進めていた。 もちろん、無言で黙々とではなく、イエローと色々なことを喋りながら。 「レッド先生・・・・・」 「うん?」 「ポケギアが・・・・」 洞窟を出てから10分ほど、足を止めることなく歩いているのに、なかなか『圏外』の文字が消えなかったポケギアを、 イエローが目の前に差し出してきた。 「・・・・これは」 ポケギアのディスプレイには、ちゃんと電波が通っている証であるアンテナのマークが立っていた。マークは1本。 これなら、電波状況は悪いものの通話は出来るはずだ。 「イエロー!電話してみてくれ!」 「はい!」 レッドはイエローが電話をしやすいよう、歩く足を止めた。イエローは早速ポケギアのボタンを押している。緊張してい るせいか、彼女は何度かやり直していたりした。 レッドはそれを横目で見ながら、もう一度周りを見渡してみた。 相変わらず、菊の花、まつぼっくりなどの、季節感をまったく無視したような風景がそこには広がっていた。森林という にはあまりにも不自然だった。 ――こことも、やっとおさらばか・・・―― さすがにこんな所にずっといるのはごめんだった。ポケギアの電波は通らない。季節感を無視した植物が生えてい る。気温も低くなったり高くなったりして、しかも自分のポケモンの体力が何故か回復しない。 そして、もうひとつ。 なんだか感覚というか、直感というか・・・・そういう、トレーナーとしての『カン』がまったく働かないのだ。 今日の朝に目覚めた後、少し外を歩き回っていたときに気付いた事だった。例えば、野生のポケモンがいきなり草む らから出てきたり、前を横切ったりすることがたびたびあったのだが、レッドはそれを予想するというのが出来なかった のだ。 昔から、野生のポケモンと戦う時や、トレーナーと戦う時、はては道を歩いている時も、レッドはどんな状況でも、野生 の嗅覚ともいえるような感覚で相手の行動を先読みすることができた。野生のポケモンがそろそろ出るかな?と思っ た途端、それが大当たり、というのが高確率であるのだ。 しかし、今はそれができない。 そういう『カン』は、自分にとって1番に大事なものだと考えているレッドにとって、これは大問題だった。 ――なんでかは分からないけど・・・・・早くここから出たいな・・・―― 『カン』が働かないことがこんなに気味の悪い事だとは思わなかった。昔から『カン』に頼りっぱなしなせいもあるのだ ろう。 と、 ――・・・・なんだ・・・?―― なんだか、嫌な視線を感じる。 『カン』で感じるような気味悪さではない。人間に見つめられているような視線でもない。 まるで、獣が今からしとめる獲物を狙おうかという視線だ。背中にへばりついてくる。感触が悪く、背筋が凍りつく。 しかも、いくつもの方向からその視線は出ている気がした。 ――いったい・・・?―― 周りを注意深く見回してみると、急に目の前の草むらから、ガサ、と何かが動く音が聞こえた。レッドはそれを聞き、 草むらの中に何かがいると感じた。 まただ。また、自分の『カン』が働かなかった。 ガサ! 今いる場所は、ちょうど木があまり無い場所――つまり、森林が広がっている中で、ここだけが円形に木が切り取ら れているような場所だった。 広くはないものの、ここなら視界はそんなに狭くない。もし、今から出てくる『何か』が襲ってきたとしても、余裕をもっ て反応できる。 ガサ! レッドは、背中に乗せているイエローを落とさないように注意しながら、腰につけているモンスターボールに手をかけ た。 イエローはまだ電話をかけるのに夢中になっているようだ。前に『何か』がいることに気付いていない。 ガサガサ! 『何か』は草むらから姿を現した。それほど大きくない、人の身長ほどぐらいと見られた。レッドはニョロボンの入ったボ ールに手をかけた。 だが、レッドはその『何か』の姿をしっかりと目に入れると、一瞬にして身体を固まらせた。 「・・・・・レ、レイ・・・」 レッドはそれを見て、唖然としていた。 黒く長い髪に、とび色の瞳。 5年も前から、その顔を写真の上でしか見る事ができなかったレインボーの姿が、そこにはあったからだった。 山の中を色々と探し回っているが、それは何の意味もなさないかのように、周りは静けさで一杯だった。 地上から白く見えている太陽は高くまで昇ってきている。午前10時を過ぎたこの時ならこれが普通だが、それにして も暑い。汗が身体中に滲み出て、もうすでに30℃を越えているのではないか?と思わせるほどだった。 照りつける太陽の中、ジェルブは額に少しばかり汗を浮かべながら、山の中を歩いていた。キョロキョロと周りを見渡 しながら、どんなささいな情報も逃すまいと目をこらす。折れた木の枝を踏んで、ポキ、という音がした。 イエロー達の姿はまるっきり見つからなかった。捜索開始から3時間以上経っているが、イエローの姿は見えないし、 2人を見つけたという連絡はまったく入らない。 ジェルブは、ずっと沈黙しているポケギアを手に取り、眺めた。改造ポケギアの画面が妖しく光り、いつでもイエロー や他の部員からの連絡を受けられるようになっている。だが、ここ数時間はまったく反応はなく、それはイエローがま だ見つからないという事を示していた。 いったいどこにいるのか・・・・・ 早く見つけないと、という思いが焦りの気持ちを引き出す。早く見つけないと、彼女が危ない。 だが、焦りは禁物だ。こういう捜索活動は、探す方も探される方も忍耐が勝負だ。焦れば、その分体力が減るだけ で、冷静に事を進めないといけない。 ジェルブは焦りを身体の奥底に押し込めて、周りを眺めてみた。 昨日、今と同じ様な暑さの中でポケモン捕獲をしていたが、山の中はその時とはまるっきり雰囲気が変わっているよ うに感じた。前のように季節に外れた植物が生えているわけではない。何か変な視線を感じるわけでもない。 その代わり、静かだった。草木のさざめく音も聞こえないぐらいに、あまりにも静か過ぎるのだ。 「なあ・・・・ワタル・・・・・・静か過ぎると思わないか?」 「・・・・ああ、そうだな・・・・・周りからは何の気配もない」 ワタルは目をきょろきょろと運びながら答えた。せわしなく目を動かし、早歩きとも言える速さで歩いているワタル。表 情は焦りの色を見せている。 そんなワタルを見て、ジェルブは、珍しいな、と思った。 ワタルとは、人数の関係で自分とが余ってしまい、しかたなく2人で捜索する事になっていた。グリーンが2人で大丈 夫か?と尋ねてきたが、別に問題はない。いや、逆にワタルと2人の方が良かったのだ。下手にしらない人物といる より、昔からの付き合いで事情を知っているワタルと一緒にいる方が、何かと都合がいい。 しかし、その昔からの付き合いであるワタルが、今のように焦っている姿は始めてみるものだった。 この焦っている姿、というのは、普通の人なら絶対に分からないぐらいに微妙な変化だ。目線や口元の動き、そして 口調。ジェルブでもなんとなくでしか感じ取れないが、とにかくワタルは何かに焦っている。 まあ、こんな事件が起きてしまえば焦るのも普通なのだが・・・それでもかなり珍しい事なので、ジェルブは少し驚い ていた。 「ジェルブ・・・・・1度電話してみたのか・・・?」 突然、ワタルが話し掛けてきた。 ジェルブは「ん・・・ああ」と答えて、ズボンのポケットから改造ポケギアを取り出した。 「1度はな・・・・だけど、やっぱり圏外だった」 捜索が始まる前、1度イエローに対して電話をかけてみたが、やはり相手が出る事は無かった。 おそらく電波が通らない場所にいると思われた。この改造ポケギアで通話できないとしたら、相手が通話できない状 態でいる時だけだ。 イエローが電波障害地域にいるとしたら、その地域の付近を捜せばいいだけなのだが、いかんせん、その場所が何 個もあるのが問題なのだ。 電波障害が起こる場所は、ワタルによると山のあちこちにあるらしい。自分が昨日行った場所もその1つだし、ワタル でもその場所が何ヶ所あるのか見当もつかない。 よって、イエローが電波障害地域にいると分かっても、どの地域にいるのかが分からないのでどうしようもない、という のが現状だった。 「・・・・もう一度掛けてみろ」 ワタルが、こちらの持っているポケギアを見ながら、言った。 「・・・・・・こっちが改造ポケギアでも、あっちが改造してないから、どれだけ掛けても無駄だけど?」 「それでもいい。早く掛けてみろ」 いつにも増して強情なワタルに、ジェルブは少しばかり溜息を吐きつつ、ポケギアのボタンを押してみた。 こちらのポケギアをいくら改造したとしても、相手のポケギアがそうでないのだから、どれだけかけても、絶対に通じる 事はないのに・・・ ワタルはそれが分かっていないのか・・・・ プルルルルルル! 電話から呼び出し音が耳に鳴り響いている。しかし、どれだけこの音が続いていても、相手が出る事はない。どうせ、 圏外だということを知らせる、ただの機械の音が出るだけだろう。 ガチャ! ――え?―― 『はい・・・』 「イエローか!」 『その声はジェルさんですね!』 これは驚いた。まさか、本当に通じてしまうとは・・・ ワタルのカンが当たったという事か。 ジェルブははやる心を押さえつつ、「どこにいるんだ?」と尋ねてみた。 しかし、イエローはそれを無視し、悲壮な声を出していた。 『大変なんです!レッド先生が・・・』 「レッド先生?いったいなにがあったんだ?」 レッドがイエローといっしょにいるということを聞いて、少し安心しつつ、一方で真剣味を帯びている声を聞いて、気が 張り詰めるのを感じた。その声は、あちらの状況が普通でない事を伝えている。 『あの、それが・・・・・』 「イエロー、いったいどうした?」 『そ、それが、なんだかさっきから様子が 』 その瞬間、プツ、という音と共に電話が切れた。 「おい!イエロー!イエロー!」 大声でイエローの名前を呼ぶが、電話からは単調な機械音しか聞こえてこなかった。ツー、という連続音が耳にむな しく響いている。 「どうした?」 ワタルが、怪訝そうな顔で話し掛けてきた。 ジェルブは「切れた・・・」と答え、呆然とした。いったい、彼女に何が起こった? しばらくそのまま考えていたジェルブは、すぐにそうだ!と思いつき、再びポケギアのボタンを押し始めた。 ポケギアについている10個以上ものボタンを滑るように操り、操作を行う。 ワタルはそれを不思議そうな目で見ていた。 「・・・・・ジェルブ、何をしている?」 「ポケギアで改造したのは、電波を強くしただけじゃない。もう1つ機能を追加しておいたんだ・・・まさか本当に使うと は思わなかったけど・・・・」 ポケギアの画面が、この山一帯の地図を写し出した。 ジェルブはそれを家訓すると、もう一度ポケギアについているボタンを押す。 「いったい何を・・・」 「ポケモン図鑑に、1度出会ったポケモンの居場所を知らせる追跡機能がついてるだろ?あれを少し応用して・・・」 画面は検索中を示していて、真ん中にはパーセントの表示を示していた。左から右へグラフが増えていく。今は『5 0%』だった。 「電話を掛けた相手の居場所を追跡できるようにしたんだ。まだ未完成だから、おおまかな位置しか特定できないけ ど・・・」 パーセンテージがついに『100%』を示した。 すると、画面上の地図の上に、白く点滅している点を中心とした赤い円が表示された。 「これは・・・・」 ワタルが画面を覗き込みながら、感嘆の声を漏らした。 ジェルブはボタンを押して、地図の尺度を小さくして幽玄岳全体を映し出す。 「円の半径が、実際の距離で約1キロメートル・・・・・・つまり、この点滅してる地点を中心に、半径1キロメートルの範 囲でイエローとレッド先生がいるんだ」 ポケモン図鑑についている追跡装置をちゃんと理解して、それを応用し、このポケギアに追加させた機能。『逆探知』 とも言うべきこの機能は、つけるのに2、3日徹夜したほどだ。 だが、ちゃんと完成させておけば、イエローの居場所は1発で確定できていた。 ――こんなことになるならちゃんと完成させとけば良かった・・・―― ジェルブは心なしか後悔した。 一方のワタルは、その画面をジーッと見つめていた。おそらく、円の中心地点を覚えているのだろう。 そして、ついにその地点を頭に入れたのか、ワタルは急に顔を上げてこちらを見据えた。 「・・・・・・この円が示しているのは、今いる場所からそう遠くないようだな」 「ん~・・・少なくても、2キロぐらいかな?」 「よし、それなら、早く行くぞ」 ワタルはそう言って歩き始めた。 ここまで特定できれば話は早い。後でこのことをグリーン達にも知らせておいて、自分達はこの赤い円の範囲の捜索 を始めればいい。この範囲にイエロー達がいるのだ。電話の様子からして、何かしらの危機に直面しているイエロー 達が・・・ ガサ! 歩き始めた途端、ちょうど目の前の草むら、かすかな気配を感じた。 ジェルブはその気配の出所を驚くべきスピードで察知し、すぐにその場所に目を向ける。ワタルもそれに気付いたらし く、同じ様にその場所を見ていた。 「・・・・なんだ・・・・?」 「・・・・・・さあ・・・・」 ワタルの疑問に対し、曖昧な答えを返している間に、すでに気配が消えてしまっていた。 しかし、警戒を怠らなかった。周りに常に気を配り、少しの変化も逃さないよう5感を全て解放する。 周りには生物がいる気配どころか、木々のさざめきさえも無いような静寂が満ちていた。 ガサ! 今度は後ろから気配を感じ、2人はすぐに後ろを振り向く。 しかし、その瞬間、急に横から大きな物体が飛んできたのを感じた。 「なっ!!」 ジェルブはそれを後ろにジャンプして、すんでの所で避けた。ワタルも同じ様にその物体を避けている。 地面に着地した瞬間、さっきまで自分達が立っていた場所から、バコン!という、すさまじく大きい音が聞こえた。ま るで爆弾が爆発したような音だった。 そして、その地面には30センチほどの穴が開いていた。 「こ、これは・・・!!」 ジェルブは、その地面の穴を開けたその物体を、はっきりと視界に入れた。 それは、穴の上に立ってこちらを殺気立った目で見据えている。 それは生き物――ポケモンだった・・・・ 「・・・・・これは・・・・リングマ・・!」 驚いたようなワタルの声と同時に、草むらの中からリングマが2匹姿を現した。どうやら、先ほどの気配の正体はこの 2匹のリングマだったらしい。攻撃してきたリングマのために囮の役をしていたのだろう。 これで、自分達の目の前にいるのは3匹のリングマだった。 「これは・・・・まずいな・・・」 ワタルが渋い表情を浮かべながらそう呟いた。 「ここのリングマは縄張り意識が強く、自分達の縄張りの中に入った者には容赦しない・・・・迂闊だった」 「・・・・とにかく、ここは戦う事になるみたいだな」 ジェルブは腰につけてあるモンスターボールを手に取った。3つのボールの内、自分と1番長い付き合いとなるポケモ ンが入っているボールを選び、ボタンを押す。 そして、ボールを地面に向かって放った瞬間、リングマ3体は一斉に飛び掛ってきた。 「気をつけろ!こいつらはコンビネーションがいい!1匹を倒そうとすると、他の2匹でカバーしてくるからな!」 「分かった!」 自分に忠告してきたワタルがハクリューを出しているのを横目で見つつ、爪を立てたリングマ達が目前まで迫ってき ているのを確認したジェルブは、ボールから光と共に出てきたパートナーであるポケモン――スピアーに、攻撃の指 示を与えた。 「スピアー!」 スピアーは、その鋭いニードルを携え、リングマ達へと羽を動かしていった。